第37話
半壊になった要塞の中を歩いていると、血の匂いが充満していた。
並んでいるのは、俺が殺したクヴァール教団の死体たち。
もしこの世界に魂という概念が存在するとすれば、俺は彼らに一生呪われることだろう。
これが俺の歩いて来た道。
それを否定することもなければ、後悔することも決してない。
所詮俺は凡人だ。
決して善人ではないし、自分が生き延びるために他者を蹴落とす弱い人間。
だからこそ――。
「出ろ」
「ひっ――⁉」
要塞の地下牢に繋がれているエルフたち。
見れば比較的幼い者と女性が多く、男のエルフは数人しかいなかった。
どうやらクヴァール教団のやつらも、出来るだけ弱い者を選んでいたらしい。
それを見て、下衆な考えが頭に過った。
しかし彼女たちは汚れてこそいるが、どうやらクヴァール教団の目的はその魔力。
肉体的になにかをされた様子は見受けられず、ただし衰弱している者が多かった。
とはいえ、それを俺が考慮してやる必要もない。
「出ろと言っている」
牢屋の扉を開けてやったというのに、エルフたちは怯えてたように動かない。
どうしたものかと思っていると、彼女たちがなにかを隠しているのがわかった。
そちらの方にゆっくり進むと、そこには痩せこけて荒い呼吸を繰り返すエルフの少女。
「これは……」
「ち、違うんです! 今はただちょっと眠っているだけで、これからまた頑張りますから!」
「こ、これ以上は止めてくれ!」
「魔力を吸われ切ったか……」
この世界の生き物は魔力を持って生まれる。
その量は人それぞれであるが、生命力の一部であるそれは失うとそのまま衰弱死してしまうものだ。
精霊喰いで精霊の力を奪われ、そしてクヴァールの復活のために魔力を奪われたエルフたち。
その未来の先は、俺でさえ惨いと思う光景。
「フィーナ、なんとかできるか?」
「……申し訳ありません。ここまで衰弱したらもう……」
「そうか」
俺は膝をつき、弱った少女を抱える。
「あ、あの⁉ いったいなにを⁉」
「その子はもう十分苦しんだじゃないか! これ以上、最期くらいは安らかに眠らせて上げてくれよ!」
「黙れ」
「っ――⁉」
俺に喰いかかってくるエルフたちを睨む。
「……何度も言わせるな。出ろ」
「あ、あの……」
なにかを言いたげなエルフたちを無視して、俺は少女を抱いたまま牢屋の外に出る。
すでに彼らを縛っていた壁はない。
それでも出ずにここに籠ると言うのであれば、もう知らん。
「大丈夫ですよ。私たちは貴方たちを助けに来たんです」
「た、助けに……? 人間が?」
「はい」
信じられない、という雰囲気が背中越しで伝わってくる。
そんな彼らをおいて、俺はさっさと要塞の外に向かっていった。
「待たせたな」
「む……帰ったか主よ」
アストライアの見張り役として置いておいたレーヴァは、木の枝で地面に絵を描いていた。
どうやらよほど暇だったらしい。
「アストライアは?」
「見ての通り、結局起きず仕舞いだ」
「そうか。出来れば置いていきたいところだが……まあ仕方がないか」
振り向くと、不安そうについて来るエルフたち。
まだ俺のことを敵か何かだと思っているらしいが、しかし助けに来たと言う言葉に期待を持っているようにも見える。
暴れないのであればどうでもいいが、どうやらフィーナの説得は多少効いたらしい。
「全員乗せられるな?」
「もちろんだ」
レーヴァの身体が炎で包まれたかと思うと、そのまま炎は天高くまで駆け巡り、そして巨大なドラゴンの姿になる。
「あ、あ、あ……」
「やっぱり助けに来たなんて嘘だったんだ! あのドラゴンに俺たちを食わせる気なんだ!」
突然現れた凶悪な存在を前にエルフたちが膝をつき絶望する。
もういちいち説明するのも煩わしい。
そもそも、正直もう疲れたのだ。
クヴァール教団のやつらを相手にし、クヴァールの残滓と戦い、そして最後に余計な神に手を煩わされた。
さっさと帰って休みたいと思っても仕方がないだろう。
「乗れ」
「ひっ――⁉」
「ハァ……フィーナ、説明は任せる」
「は、はい! あの、大丈夫ですから! 決してこのレーヴァさんは貴方たちを襲う悪いドラゴンさんではありませんから――」
怯えているエルフたちはフィーナに任せ、俺は片手でエルフの少女を抱きしめながらアストライアの首根っこを掴むとそのまま浮遊してレーヴァの背に乗る。
そして適当に放り投げると、そのまま腰を下ろして瞳を閉じた。
腕の中には完全に衰弱したエルフの少女。
なにも言えず、荒い呼吸を繰り返すだけで、もはや生きていられる時間もそう長くはないだろう。
だがそれでも、この少女からは『生きたい』という意思が伝わってきた。
「そうだな……生きたいよな……」
死にたくない。そんな当たり前の想いを俺は尊重する。
「レーヴァ。奴らが全員乗ったら、可能な限り最大速で一気に飛べ」
「……わかった」
ようやくフィーナの説得が効いたらしく、エルフたちが恐る恐るにレーヴァの背中に乗ってくる。
それを横目に、俺は空を見上げながら風を感じるのであった。
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