第5話 地下室


赤子が不安そうな声を出すと、テディが優しい声で赤子を慰めた。



「大丈夫、行ってみよう。きっとこの先にお母さんがいるかもしれない。」






何を根拠に、と思った。

そうえば、なんで俺も付き合わされているだろうか。

いや、それは少し違う。俺の勝手な過保護で、知らない赤ん坊を守ろうと行動しているからだ。

どうしてだろう、わからなかった。



わからないけど、どういうわけか赤子のことを考えると不安になる。

テディ、テディは一体なんなんだ?さり気ない疑問が後から波を立ててやってきた。



人形は動いたり、喋ったりしない。果たして、まだ幼い子供を任せられるのか。

俺は…俺はどうしたらいいんだ?



どうやったら…帰れるんだ?






「お兄さん、大丈夫かい?」





無機質の物が、問いかけた。



俺がこの状況に低迷しているのが、分かったのだろう。




「一つ、勝手なのは承知だけど、約束してくれないか」




テディの優しい声とは裏腹に、どこか緊張をまとわせた声で、真っ黒な瞳で、俺をまっすぐ見つめてこう言った。





「この子を守るのを、手伝ってくれないか」




腹の底から込み上げた感情、それは悲しみに近いように思えた。

どうしてそう思ったのかは分からない。分からないことだらけだった。

道筋の無い俺を、手を差し伸べたのは他でもない、人形のテディだった。



俺は悲しいんだ、きっと、嬉しさで悲しいんだ。

どう言い表わせばいいのか感情に戸惑いながらも、気怠げな感情はどこかに消え、たしかにその光を手に取った。




俺はきっとニヤけただろう、それが合図だと思ったのか、テディは嬉しそうに手を差し伸べた。





「本当は握手したいけど、指がないんだ。だから、君の方から掴んでくれないかい?」




俺は昔から人形とは遊んだことなどなかった。けど確かに感じたんだ。

こんなにも柔らかくて、包まれる感触だったんだって。




テディの手を掴み、千切れないように優しく握る。開いた地下室の先は、真っ暗で何も見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Among the sleep くるこれさん @kurukoresan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ