憧れの主人公に
シヨゥ
第1話
「久しぶり。今日暇かい?」
働き疲れてようやくの週末。いきなり友達がやってきた。久しぶりに会う彼は痩せこけていて、なんだか心配になる。飯でも食わせてやろうと思い部屋に上げると、彼は昔と変わらずマンガを読み始めた。
まるで久しぶりにマンガを読むような没頭ぶりにさらに心配になる。彼は本棚にあるマンガの1巻だけを読んでは戻しを繰り返し、ようやく気に入る作品に巡り合ったのか2巻目を手に取った。
「この主人公良いな。すべてを捨てて生きる生き方。すげぇ憧れる」
飯を作りつつ、話を振られたのでカバーからあらすじを思い出そうとしてみる。が、なかなかに思い出せない。
「そうか?」
そのせいで反応が遅れてしまう。
「カッコいいじゃないか」
テンポの悪い会話も彼は気にしていないようだ。
「どこにも居つかず。誰ともなれ合わず。住まいも、仕事も、なにもかも。転々としていく日々。絶対楽しいって」
「ぼくは一つのところに落ち着いて、細く長く暮らしたけどね」
「なんてつまらないことを言うんだ!」
癇に触れてしまったのか彼が声を荒げる。
「転々とする日々。毎日が新しいことの連続。刺激的な人生が送れるぞ」
「そういう刺激が要らないんだって。低刺激な人生万歳なんだよ」
「つまらない奴だな。いろんなことを体験して知見を広げ続けるのがたまらなく楽しそうじゃないか」
「つまらなくて結構。それにそれって器用貧乏になりそうで僕は嫌だな。ほらマンガを置いて。飯でも食おうじゃないか」
「仕方がないな。飯に免じてつまらない奴っていう評価は取り下げようじゃないか」
彼は待ってましたとばかりにテーブルにつく。ぼくらは大皿に盛った大盛りの炒飯を囲んだ。
「それで今君は何をしているんだい?」
「住所不定無職」
「はい?」
「住所不定無職。ホームレスってやつだ。知り合いの家を転々としている。今朝ふとお前の顔が浮かんでね。こうしてやってきたわけ」
「お前、憧れの主人公と一緒じゃん」
「……本当だ!」
いつの間にか漫画の主人公に。なんてことはないが近しい人生を歩むことは可能なようだ。
「なぁ聴いてくれよ」
それから始まる彼の身の上話は波乱万丈と言って差し支えない内容だった。
憧れの主人公に シヨゥ @Shiyoxu
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