第4話 行方不明の調査 -1章 犬好き探偵の失踪 3

 こいつ……。

 この展開を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑っている。

 恐らくこの前の戦いでの敗北が原因でずっとリベンジの機会を狙っていたのだろう。俺には全く関係のないことではあるが。

 断る理由も無いので付き合うことにした。


「ああ。わかった。手加減しないから覚悟しろよ。それと武器の使用は一切禁止。素手で勝負する。お前の方こそ大丈夫なのか?俺は武器を持った相手との戦闘を想定してるんだ。もちろん殺す気は無いけど手とか足くらいなら折ってしまうかも。それでも構わないか?」

 犬吸の口角が上がった。「望むところだ。さあ来てくれ!」


 犬吸はそう言うと腕を曲げて力こぶを作った。

 その筋肉の隆起は見事なもので相当な鍛錬を積んでいることがわかる。

 だが、それは俺も同じことだ。

 俺は腰を落とした姿勢をとった。

 犬吸も合わせるかのように腰を落とした。腰をおとすと言うには、あまりにも低く、クラウチングスタートの姿勢であった。

 相撲のぶちかましに近いのかもしれない。

 全身に意識を集中させる。

 犬吸の気配がどんどん近づいてくる。

 お互いの距離は約2メートルまで縮まった。


 瞬間、目の前に頭突きが迫っていた。

「うおおお!!!」

 避けることも防ぐこともできないまま顔面に一撃を食らってしまった。

 鈍い音が響く。

 一瞬脳裏に火花が散った気がした。

 鼻の奥がツンとする。

 痛みを感じる前に次の攻撃が来た。速い!その片足タックルは目では追い切れない速さだった。

 俺の顔のすぐ横を通過したかと思うと、そのまま勢いよく壁に激突していた。

 俺はそのタックルを交わしていた。ドンッ!!! 壁に大きな穴が空いていた。

 犬吸のやつ、俺を殺す気満々じゃないか。


「次は外さない」

 と言い残して間合いを取った。

 

 今の一発は偶然入っただけのようだ。次食らうわけにはいかない。

 俺は大きく深呼吸をした。先程と同じ構えだ。


 今度は俺の間合いに入った。犬吸の膝にストッピングキックをお見舞いする。

 バランスを崩した犬吸に間合いを詰め、肩から体当たりをぶちかました。中国武術の靠に近い。

 ブロック塀まで吹っ飛んだ犬吸に一気に詰め寄る。上体が起きた上半身に潜り込み、俺は寸頸の体勢に入った。

 狙いは鳩尾だ。相手の動きを封じてから、確実にダメージを与える。

 犬吸の鳩尾に拳を当てる。ワンインチでもない、ゼロインチだ。

 全身を極限まで脱力して、俺は渾身の一撃を打ち込んだ。衝撃音と共に空気が振動しているのを感じた。

 犬飼は口から泡を吹きながら地面に倒れた。完全に気絶している。

 脈はある。どうやら生きてはいるらしい。良かった。

 こうして犬吸との戦いに決着がついた。


「くそぉ〜〜」

 悔しそうな声を上げて俺の足元に転がっていたのはもちろん犬吸である。


「あんた、流派は?」

「おれに流派は無い」

 それは正確ではないのかもしれない。俺の師匠が、琉球空手と中国武術をミックスしてできた理合。師匠は名前をつけていなかっただけで、立派な流派と言ってもいいはずだ。

俺が負けたと思っていたのか?あのタイミングなら間違いなく殺せていたはずだ。手加減をしていたのだろうか。そんなはずはない。本気で戦った。手抜きなんかしなかった。ただ、犬吸の攻撃は速すぎた。全く見えなかった。俺の目でも捉えられないほど速い攻撃なんて存在するとは思わなかった。あれだけ速く動かれたらカウンター技しか通用しない。


 しかし俺が勝てたのはひとえにスピードの差であろう。もしもスピードが同じくらいであれば、負けるのはおそらく俺の方だっただろう。


 つまり俺の方が弱いってことなんだよな。わかっちゃいたけど悲しい事実だよ。俺が求めているのは強さじゃない。猫を撫でたいだけだ。猫をモフりたい。それだけなんだ…… 犬吸との死闘を終えて俺は自分の事務所に帰った。

 ただただ疲れていた。シャワーを浴びてソファに倒れこんだ。今日は何も考えたくない気分だった。俺はそのまま眠りについた。


 そして次の日から、犬吸義光と連絡が取れなくなった。

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探偵はバーバーに居る 鬼龍院煉獄丸 @Supesupe

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