第3話 行方不明の調査 -1章 犬好き探偵の失踪 2
「そうですか、そんなことが……。ウィドドさんのサモエド探しはどうなりますかね」
理髪店のマスターは静香から事の経緯を聞き終えて呟いた。
静香が答えた。
「大丈夫です。きっと見つかりますよ。マスターにお願いすれば」
俺は犬が苦手だった。
猫は好きだが犬だけはどうにも好かなかった。
そんな俺にサモエド犬が探せるのか?静香の安請け合いを疑った。
しかし今は、とにかく情報が欲しかった。藁にもすがりたい気持ちで、マスターの店を訪れたのだった。
「分かりました。とりあえずやってみましょう。ただし、あまり期待はしないで下さいね」
マスターは苦笑いを浮かべながら答えた。
そういってマスターは伝書鳩を飼っている屋上へと向かっていった。
「マスターと知り合って、初めて仕事らしい仕事をしましたね」
静香が感慨深げに言う。
「そうだな……」
俺は答えた。
3時間後、 一羽の伝書鳩が戻ってきた。
「これは!」
マスターはその手紙を読み終えた瞬間、驚いたように言った。
「こんなにうってつけの人物が見つかりましたよ。」
マスターはハニカミながらそう言った。俺はこの笑顔を守りたい。
その男の名前は犬吸義光。職業は犬好き探偵だ。
「その男が犬好き探偵界随一の探偵だそうです。」
マスターそう言うと俺を抱き寄せた。
「ちょっと、何するんですか!?」
「ああ、すみません。嬉しくなってつい抱きしめてしまいました(笑)」
「やめてください!犬嫌いなの知ってるでしょう?」
俺は慌ててマスターの手を振りほどき距離を取った。マスターが残念そうな顔を見せた。舌打ちをする静香。
「早速連絡してみるか」
俺はICQでメッセージを送った。
ICQとはインスタントメッセンジャーの草分け的な存在のメッセンジャーだ。名前の由来は"I seek you"から来ている。
メッセージを送れば相手側の画面に表示される。
『はじめまして。依頼があるのですがよろしいでしょうか?』
犬吸義光がすぐに返事を送ってきた。
『はい』
それだけである。愛想もクソもない。だがこれでいい。これがプロフェッショナルの態度というものだ。
俺は「犬を探せ! 」とメッセージを送った。
返信が来た。
『お断りします。それでは失礼致します。
ps.私は犬が大嫌いです。犬吸義光 より』
「……えーっと……。依頼の内容くらい聞いてくれても良くないかなぁ。」
俺の質問に静香が答える。
「あの人は犬嫌会の会長ですから。犬のことは犬に聞け。というのが信条なのです。犬のことなら大抵のことに答えられますけど、犬のこと以外はほとんど知らない人ですよ。犬に関することしか頭に無い人だから犬嫌会を立ち上げたんだとか。犬以外のことになると本当にダメ人間です。私もよく利用しています。あ、もちろん有料ですよ。料金表には犬関連だけしか載っていないのでご注意ください。」
「なるほど、そういう人なのか。ところでさっきから気になっていたんだけど。」
俺は犬吸い探偵のことを話している間ずっと静香の背後に控えていた黒服の男たちについて聞いた。
すると意外な言葉が返ってきた。
「彼らは犬のSPですね。ボディーガードみたいなものですよ」
黒服の男は皆黒い革のパンツに白いシャツ。サングラスをかけており肌は一切露出していない。まるでマフィアみたいだ。
「まぁそんな感じの人たちだよ。ちなみにこの店に来ているのは彼らだけだ。あと一人いたのだが、先週殉職した。」
マスターは俺の心を読んみ取ったかのように解説してくれた。
俺は黒服の男の一人に声をかけてみた。
「すみません。あなた達は何をしにここへ?」
「私たちはサモエド犬の護衛兼監視役。護衛対象に近づく者は誰であろうと殺しなさいと言われている。我々は命令通りに動くまでだ。任務に支障はない。心配は無用。サモエドは我々にとって大切な存在であり、守るべきものでもある。それがたとえどんなに汚らしい犬であってもそれは変わらない。お前たちは我々の邪魔をしない限り危害を加えることは無いだろう。」
大層なことを言う割に、あっさりとサモエド犬を逃したわけだ。
聞いて呆れるな。
このままでは埒が明かない。
俺は犬吸義光に直接会いに行くことにした。
*
* * *
犬吸義光の住所はすぐにわかった。なんの変哲も無い二階建てのアパートだった。
部屋番号は210号室。
インターホンを押すとすぐに扉が開かれた。
出てきたのはまだ若い男。ボサボサの髪によれよれのTシャツ。ジーンズはビショビショに濡れ床にも水たまりができていた。とてもじゃないが良い印象を持てる容姿ではなかった。
俺の姿を目にして一瞬目を見開いた後すぐに不機嫌そうな表情を浮かべた。
「これはどうも。あんたがサモエド探してる探偵か。依頼内容の確認をしたい。まずは話を聞かせてくれないか?それと報酬についても話し合っておきたい。」
犬吸は掠れた声でそう答えた。中に入ると部屋の隅にダンボールの箱やビニール袋のゴミなどが山積みされていた。生活感はあるが綺麗好きな俺の部屋と比べるとその差に愕然としてしまう。
テーブルを挟んで座ると早速、犬吸が口を開いた。
「まず最初に聞きたい。俺を尾行していたのはアンタらで間違いないんだよな。」
やはり気づいていたのか。俺は何も答えずただ犬吸の目をじっと見つめ返した。
「まあいい。俺が言いたかったのはこの前の夜のことだった。俺はサモエドの飼い主の家にいたんだ。そこで俺が見張っていた白ずくめの男たちが急に暴れ出して家を破壊し始めたんだ。信じられるか?家の壁を突き破って隣の家に突入なんて普通じゃ考えられないぜ!とにかく奴らは銃を持っていてヤバかった。でもその時、爺さんが助けてくれたんだ。そいつは空手の達人、後浜門達也だった。」
あの実戦空手、後浜門流を一代にして築き上げた天才として名高い後浜門達也が?俺はマルチタスクを切り、集中モードに入った。
「待ってくれ。まだ話は終わっていない。あの白ずくめどもには心当たりがある。あいつらは泊虎隊と言って、中国拳法の達人たちの集まりなんだ。目的はわからないけどきっとサモエドを誘拐するつもりなんだと思う。」
なるほど。
犬吸の言うことは本当かもしれない。
しかしまずはサモエドを探すことが先決だ。
「犬吸、サモエドがいそうなところに心当たりはあるか?」
犬吸は首を横に振った。
それを見た俺は溜息をついた。
ダメだ。手がかりが無い以上、しらみつぶしに探すしかないな。
俺は立ち上がって言った。
「今日はとりあえず帰ることにする。明日また来るから引き続き情報の提供頼むぞ。あと報酬はどうしたらいいんだ?」
すると今度は犬飼の方が立ち上がって言った。
「報酬は金じゃない」
そして俺たちに外に出るように促し、アパートの裏庭に出た。
「あんた、強いんだってな」
突然何を言い出すんだこいつは。確かに俺は格闘技全般に強いがそれが一体どうして報酬に繋がるというのだ。
犬吸の目が真剣そのものだということに気付いた時、ようやく彼の意図を理解することができた。
「手合わせ願えるかな?あんたの強さを確かめさせて欲しい。」
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