05 狂

すてさまがお生まれになってなぁ……何や関白は、これまでとはちゃうことをせにゃならん思たんやないやろか」


 利休さまはさりげなく、また茶をて始めました。


「子ォが無いうちは、何や、それこそ関白になったり、わてみたいな町人を取り立てて、まつりごとの中枢にえたり、新しいことをして、それで豊臣秀吉いう人を中心に、この国をまとめようとした。せやけど、そりゃ豊臣秀吉いう人の話ィや。豊臣秀吉いう人は子ォがらへんかった。せやから、周りも関白も、いずれ誰かに、それが豊臣の家の誰か――の誰かに行く。だから、このままでも大丈夫思たんや」


 ひと息に言うと、利休さまは茶をてる手を止めました。

 お疲れになったのか、胸中に去来する何かに思わず手を止めたのか、それは分かりません。


「それが」


 利休さまは再び、手を動かし始めました。


「棄さまがお生まれになった。他ならぬ、関白の子ォや」


 それで関白さまは、「新しいこと」をやめた、と利休さまは言いました。

 自分の子が後を継ぐ、自分の子に、この国をまとめるという大事な、そして地位に就ける。

 この、わが子に。

 「幼子おさなご」に。

 そう思った関白さまは正に、狂ったようにりつかれたようだった、とも利休さまは言いました。


「そうなるとアカン。新しいのはやめて、古いの……つまり、今までのお武家はんのやっとるようにせにゃならんと思うたんや、関白は。そうすれば豊臣のは、棄さまという幼子が上に立っても、尊ばれて長らえる、足利の家のようになれる……そう思たんやろなぁ」


 そうするとず邪魔なのは、顔して政権の中枢に居座るこの茶頭さどうである、と利休さまはおどけました。


「町人ごときでは、豊臣家のまつりごとに参画するにはふさわしゅうない、そう思たんやろなぁ……あるいは、誰かに吹き込まれたのやも。たとえば治部少石田三成あたりにとか」


 まあ治部少はでそう思て言いそうや、と、くっくっとくぐもった笑いをする利休さまに、私はにわかに同調できませんでした。

 あの当時の石田三成さまに睨まれたらと思うと……。


「ほいでもって、大和大納言豊臣秀長の死ィや、こらもう止められん。わてはそう思た」


 関白さまの弟君、豊臣秀長さまは、関白さまが木下藤吉郎という、尾張中村の村人から――織田家に仕えた頃からの腹心にして盟友であります。その秀長さまが亡くなられて、関白さまのが外れたと言うのです。


「苦楽を共にした男ォが、それこそ一緒に関白目指して頑張ったり、わてを招いて茶頭にした男が居る手前、そら、子ォが生まれたからやっぱやめたはアカンやろ。むろん、大和大納言が、これまでの豊臣のまつりごとの効き目を主張しとったさかい、やめた言えんわ」


 その時、利休さまは茶を点て終えました。

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