03 凶

 閑話休題それはさておき、利休さまはそんな風なやり取りをして、私ののどかわきを癒し、舌の滑りを滑らかにし、頭もほぐしてくれてから、ふと、おっしゃられたのです。


「ほしたら宗拾茅屋ウチへ何しにィ、来られたので?」


「…………」


 それはいかにもお茶請けは何にしようかと言っているような、気軽でありながら、それなりに重みのある発言でした。

 そして私は、いかに弛緩させてもらったとはいえ、話題が話題です。口を開こうとしても開きません。辛うじて少しく開いたところで、「う……」と言葉にならない言葉しか洩らせません。

 すると利休さまは「オイヤ」と頓狂なかけ声を上げました。

 これは堺の、否、泉州言葉で、びっくりした、驚いた、という意味の言葉です。


「宗拾、宗拾、ここは気張りィや。わて、もう宗拾が何で来たかは知っとるんや。せやけどそれを先取りして、気ィつかって言えへんのんや。堪忍な。、やってもうたら、宗拾がお役目ェ果たせんかったことになるさかい」


 そう言いながらも利休さまは私の両肩を掴んで、「しっかりしいや」と励ましてくれました。

 利休さまは大男です。そんなことしたら、脅かされてるのではないか、と思ってしまいます。

 ……でも、不思議なことに、利休さまがそうされると、ちっとも威圧を感じません。

 言われるとおり、励ましてくれている、と温かな気持ちが湧いてくるのです。


「……では、申し上げます」


「うん、聞きまひょ」


 利休さまが威儀を正されると、これまたぱりっとした緊張が漂います。

 しかし今は、励まされた今となっては、心地よい緊張です。

 私は意を決して、お伝えいたしました。


千利休儀せんのりきゅうぎ不届千万ふとどきせんばんにつき、切腹申し付ける……と、関白さまにお言葉です」


然様さよか」


 拍子抜けする、という表現がそのまま似合う感じでした。

 いえ、私のことです。

 利休さまは己が凶報に接し、さもつまらぬという表情をして、「じゃ」と言うと、また茶をて始めたのです。


「利休さま」


「何や」


「……よろしいので?」


「何がや」


「いえ、何ぞ……申し開きとか、そういうのを……」


 利休さまは目だけ上に向けられ、暫し何かを考えたようです。

 それでも茶を点てる手は止められず、ぼそりと言いました。


「あ、そうや」


「何か」


「腹を召せぇ言うて、何処どこで召せばええんや?」


「……それだけ、ですか?」


「そうや」


 聚楽じゅらくの利休さまの屋敷で切腹です、と答えると、利休さまはてた茶を、今度は自らが飲まれました。


「うん、え出来や」


 私はただただ、呆気あっけにとられるばかりでした。


 

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