02 教

 ……そして私は堺くんだりまで来て、千利休さまのお宅へと足を運びました。


「こちらへ」


 たなの小僧さんに言われるがままに、庭の方へ向かいます。

 ……そう、ちょうど、貴方がこの茶室に来られたように。

 おっと、話がれましたな。

 失礼、それで、私は茶室へと足を向けたのです。

 何しろ、相手は天下の茶頭。

 私にも茶の心得は多少なりともあるとはいえ、何か失礼なことはあってはならんと、その庭を歩く頃から、緊張のあまり、そろり、そろりと歩いていきました。

 それで、茶室の戸のところまで来た時。


「入んはなれ」


 やけに野太い声が響きました。

 それもそのはず、貴方も知ってのとおり、利休さまは大男。

 その大男が、身を低くして、戸の隙間から見て、そのままお声を出したようなんです。


「何をしてますのや。はよう、入り。寒いで」


 もうここまで来たらと、意を決して、茶室へと入りました。

 ただでさえ、緊張が高まっております。

 その上、利休さまにお会いする理由が理由でございましょう。

 私は茶室の中で、しばらく息が出来ませんでした。


「……何や固いなぁ。もっと、らこうしなはれ」


 仕方あらへん、と利休さまはささっと茶をて、私に寄越してくれました。


「……これ、飲んどき」


 私が礼を言ってその茶を飲みました。とても美味うまい茶でございました。


「ようやっと落ち着きはりましたなぁ……何ぞ、宗拾そうじゅうを読むと、落ち着いてへんかったからなぁ」


 そこで私は初めて「を読む」という話を聞きました。

 あ、ちなみに宗拾というのは、その時の私の名です。

 貴方も知ってのとおり、今は違う名を名乗ってます。

 貴方もでしたな。

 いや失敬、さて、私はその「を読む」ということの意味を聞きました。


や、漢字で跫って書くやろ? それ、って読むねん」


 そこで利休さまはふと私の顔をじっと見て、付け加えておっしゃいました。


「宗拾は、香道をやりまっしゃろ? 香道では、匂いを嗅ぐんやうて、『香を聞く』言いますわ。それと同じで、わて、茶室に来るゥ客のきょうを読む、言いまんねん」


 どこが同じだか分からない、そう言うと、利休さまは、「そらそうや、わてが勝手にしてるだけのこっちゃ」と身も蓋も無いことをおっしゃいました。


「……つまり、きょうを読む、というのは、利休さまが勝手にやっていることで、茶の湯でやるべきことではない、と」


「そうや。そもそも、宗拾かて、わてと同じ紹鴎じょうおうはんから教えてもろたやないか。わての兄弟弟子にあたる方やのゥに、何、韜晦してまんのや」


 利休さまは武野紹鴎たけのじょうおう、つまり私の茶の湯の師匠からも、茶の湯を教わっておられます。

 私ですか?

 私はまあ、利休さまのおっしゃるとおり、香に歌にと浮気者ですから、半端なものです。

 この茶室とて、最近、ようやく「らしくなった」と思えるようになったくらいです。

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