きょうを読む人

四谷軒

01 京

人生七十じんせいしちじゅう 力囲希咄りきいきとつ

吾這寶剣わがこのほうけん 祖佛共殺そぶつともにころす

ひっさぐ我得具足わがえぐそく一太刀ひとつたち

今此時いまこのときぞ 天になげうつ


千利休「遺偈ゆいげ






 たなを訪ねると、頼んでいたさやはと聞いたそばから、店の主人が、「ささ」と引っ張って、ついつい庭に――「趣味で」と言う割には茶室へと向かわされた。


「先に行って、茶をてておりますので」


 そう断られると、否やとも言えず、暫し待ってから、ゆっくりと歩き、そっと茶室の戸を開けた。


「ああ――良いをしておられます」


 とは何ぞや、と問う。


「あしおと――きょうのことでございます。手前があの時、教えてもらいました。この、密かな愉しみを。茶室で客と待つ時に聞く――いえ、きょうの妙を」


 茶室の主人は、一人悦に入ったように首を振り、そしてゆっくりと茶を此方こちらへと寄越した。

 主人はにこやかにしている。

 此方としては、鞘をいただければよいと思うのだが、こうまでされると、やはりゆっくりと茶を喫すしかないか、とも思う。


「何ぞ――話しましょうか……そう、そうですな……この、きょうを読む人の話を」


 うん、それが良いそれが良いと主人は一人頷いている。

 何度も言うが、あの、鞘をと口にすると、主人はいやいやと首を振る。


「聞いて下されや。手前ははなしが身上。それに、貴方にとってもこれは――こと」


 そう言われると弱い。

 だが、これからの大戦おおいくさには、この人のこしらえた鞘でないと、得心の行くいくさが出来ぬ。

 それにしても。

 信州の片田舎の村の出の拙者が、今となっては、一軍を率いる大将とは。

 ……そんな感慨にふけっていると、主人が、では、と口を開いた。


「では話しましょうか……今より二十五年くらい前になりますなぁ……天正十九年のこと……」











 天正十九年一月。

 聚楽第じゅらくだい


 私は豊臣秀吉さま、当時は関白さまに呼ばれ、こう命じられました。


「利休に――千利休に、切腹せよと伝えい」


 私は恐れおののきました。理由は知りませんが、関白さまが利休さまをお嫌いになっておられるのは知っていました。しかし、何故、私なんぞにそれを伝えるお役目を与えるのかと。あんな、大名や武家に弟子がたくさんおられる方にそれを伝えるなんぞ、その弟子の方たちを敵に回すのと――最悪、殺されるのと同義だ、と。


ほうの言いたいことは分かる」


 関白さまはその付け髭をいじりながら言いました。そして、その手立てはしてあると告げました。


「何より――おみゃあ以外に、誰一人、この役目、受けようとせぬわ」


 関白さまは、おみゃあの言う大名や武家だと変に遺恨を残しても困る、その点、御伽衆おとぎしゅうのおみゃあならえ、受けろとおっしゃました。


「頼んだがや」


 それだけ言うと、関白さまはお子様のすてさまに会いに行く、と言われ、後に残された私は、なす術もなく、聚楽第をつほかありませんでした。

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