張繍見参
「あ、あばばばば! 火神の護符を早く出さなきゃ危険が危ない! あれでもなーい! これでもなーい!」
戦闘の役に立たなそうな護符、おやつの
とても重要なことを思い出したのは、その直後のことである。
「あっ。そういえば…………火神の護符は、方士仲間の
延々と続くひとりコントを敵が黙って見守っているはずがない。
――こんなアホ方士に全ての兵力を割く必要は無いねぇ。三分の一に費長房の相手をさせて、三分の二は屋敷の中に突入させるとするか。
度朔君の心の声がまた聞こえてきた。
それはまずい。邸内への侵入を許してしまったら、後で
「ぴえーーーん‼ 誰か助けてください‼ 助けてくださーーーい‼」
パニックになった費長房は、庭園の中心でヘルプを叫んだ。
その悲鳴を耳にして駆けつけた――わけではないが、威風堂々たる鎧武者が華佗邸に飛び込んで来たのは、ちょうどそのタイミングだった。
「
幽霊武者は、そう叫ぶと同時に大跳躍し、空中で抜剣。オオオオッと
緑の血がどばっと噴き出し、神兵は草むらに倒れ伏す。地面に転げ落ちた首は、たちどころにその形を保てなくなり、本来の姿――数輪の枯れた花に戻った。
「ちょ……張繍将軍⁉ アナタ、遠征中に亡くなったはずじゃ⁉」
思いがけない助っ人に驚き、費長房は素っ頓狂な声を上げる。
「そうだ。
そう答えながら、張繍は費長房のすぐそばに着地した。
「幽鬼の身ではあるが、曹丕殿への罪滅ぼしのため、助太刀に参ったのだ」
「幽鬼でも何でも、助けてくれるのならありがたい! でも、気をつけてください。こいつらは草の怪異で、斬ってもすぐに周辺の草花を吸い寄せて――」
費長房がそう言っている内に、先ほど張繍によって斬首されたはずの兵士の頭が復活していた。近くに咲いていた花々を吸収し、新しい頭を生成したのだ。
神兵は、何事もなかったかのごとく、弓矢を手に持って悠然と立ち上がる。
「……なるほど。こいつが度朔君の神兵か。二年前、
「それだけじゃないんですよ。この草の怪異が姿を現したのは、二年前が初めてではないんですってば」
「どういうことだ、それは」
「張繍将軍は覚えていませんか。いまから二十三年前、多くの郡や県の境界で、奇妙な草が路傍に出現する怪異事件があったじゃないですか」
「奇妙な草だと? そういえば……儂がいた涼州では現れなかったゆえ、この目では見ていないが、そんな奇怪な風聞を耳にしたことがあったな。たしか、その年に
そこまで言いかけたところで、張繍は何かに気づき、ハッとした表情で費長房を
『
「当時、身を寄せていた
「つまり……。漢王室衰退のきっかけとなった黄巾の乱に、邪神度朔君が関わっていたというのか。まことに、おぬしが二十三年前に遭遇した草の怪異とそっくりなのだな?」
「ええ。あの時、戦闘になって草の化け物の首を斬り落とした際も、緑色の血が出ました。特徴は完全に一致しています。あの兵士たちも、度朔君に操られていたんじゃないかと」
「むむむ……。胡散臭い邪教の神だとは思っていたが、まさか黄巾賊の国家転覆計画に一枚噛んでいたとは……。そのような危険な神、速やかに退治せねば!」
「神殺しなんて不可能だとは思いますが……。せめて、この草の怪異たちだけは、何とかしなければ。さもないと、ワタクシが子桓様に怒られます。将軍、どうか手を貸してください」
費長房がそう懇願すると、張繍は「さっきも言ったが、そのつもりで来たのだ。任せておけ」と威厳に満ちた声で請け合った。
「で、儂はどうすればよい。策を申せ」
「ワタクシは庭にいる度朔君の神兵たちを何とかします。張繍将軍は、屋敷に侵入しようとしている兵士をやっつけてください」
「よかろう」
「建物の中には、子桓様と曹叡様、水仙様、それに華佗殿の夫人もいるので、四人を必ず守り抜くこと! 一人でも怪我人を出したら、子桓様にシバかれると思ってください! 幽鬼であろうが容赦しませんからね、あの人は! あと、そっちのほうが敵の数が多いので、しっかりとよろぴくぅ~!」
費長房は早口でまくしたてた。助けてくれると分かった途端、この態度である。面倒な仕事を押しつける気満々だった。
(このアホ方士め……。司馬仲達が心配していた通りだったぞ。こいつ一人に曹丕殿の護衛など任せておけぬわい)
張繍は内心呆れつつも、費長房に言われた通り、屋敷の防衛にあたることにした。
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