最強の切り札

※※※このエピソードを読む前に董白ちゃんから読者の皆さんへお知らせ※※※


董白「今回は曹洪軍のお下劣な戦いが描かれるので、お下劣注意報を発令します! 食事中に読むのは控えたほうがいいです! なるべく精神が安定している時に読みましょう! あと、良い子は絶対に真似をしないように! ……いいですね? 忠告しましたよ? では、本編スタート‼」




            *   *   *




 曹洪の食客しょっかくたちの奇抜すぎるファッションは、曹操軍の仲間内でもドン引きされている。当然、初めて見る人間は、例外なく激しく動揺することとなる。方士大福もまた、元々青白かった顔をさらに青ざめさせ、


「な……なんだ、あの野卑極まりないかっこうは! ふざけていやがるのか⁉」


 と、声を戦慄わななかせながら驚呼きょうこした。


 この男が二流の方術使いに過ぎないという曹沖の観察は正しかったようで、激しく狼狽うろたえたことで念力サイコキネシスの術を解いてしまい、空中を飛び交っていた十数ちょうの斧は一斉に地面に落下した。


「私の思った通りだ。方士は精神統一が乱れると、術を使えなくなる。だから、方士にとって、ひと目見ただけで心の惑乱わくらんを招く存在――子廉しれん(曹洪のあざな)おじさんとのその食客たちは最大の天敵なんだ」


「なるほど。それで、曹洪将軍に応援を頼んだのですか……。さすがです、曹沖様。納得できませんが、納得しました」


 この少年は、方士大福が刺客として現れることを見越し、その弱点を看破したうえで曹洪を呼んだ。子供とは思えぬ深謀遠慮に、司馬懿は舌を巻かざるを得なかった。(ただし、個人的な感情としては、曹洪が最強の切り札だという事実など認めたくはないが……)。



「おーい、倉舒そうじょ(曹沖のあざな)! 子廉おじさんが助けに来てやったぜ! この陰気臭い顔をした野郎が、ぎょう城を陥れようとしている度朔君どさくくんの手下だな⁉ 心配するな、わしがすぐに退治してやる!」


「ありがとうございます、子廉おじさん。できれば死なない程度に弱らせて、捕縛してください」


「よっしゃ! 任せておけ! ……おい、野郎ども! 俺の可愛い倉舒の頼みだ! あの方士を殺さないよう手加減して殺すぞ!」


 曹洪がそう怒鳴ると、眼帯をしているチンピラAが「フヒヒヒ‼ 曹沖きゅん様のためだったら、たとえ火の中水の中ぁぁぁ‼」と吠え、鼻ピアスをしたチンピラBと目玉が魚みたいにぎょろぎょろしているチンピラCも「曹沖きゅん様は、相変わらずかわいいぜぇぇぇ‼ ヒヘヘヘ‼」「もえもえきゅーーーん‼」と下品な笑い声を上げながらはしゃいだ。


 曹洪は、生意気な曹丕のことは嫌っているが、素直で優しい曹沖のことは、親戚のおじさんとして普通に可愛く思っている。また、手下の食客たちは、ほぼ全員が男の娘萌えで、美少女と見紛うルックスの曹沖に夢中だった。彼らの夢は、戦場で功績を立てて、褒美として曹沖に女の子の服装をしてもらうことである。


「あの~くれぐれも殺さないでくださいね。尋問して、度朔君の弱点とか色々と聞きだしたいので」


「ガッハッハッ! 安心せい! ちゃ~ぁんと殺すギリギリまで痛めつけて、弱ったところを殺してやる! ……総員、奴を取り囲めぇぇぇい‼」


 馬上の曹洪は抜剣し、ビュッと白刃をふった。


 それを合図に、チンピラたちは「ヒャッハー!」と奇声を上げながら突撃、大福の周囲を疾風のごとく駆け回り、またたく間に完全包囲した。


 曹軍きっての富豪である曹洪は、多数の駿馬しゅんめを所有している。彼が率いるヒャッハー集団の得意戦法は、体躯たいくたくましい駿馬を巧みな馬術で乗り回して敵を翻弄することである。司馬懿もこの戦法でボコボコにされ、拉致らちられたことがあった。


「チッ……。ふざけたかっこうをしているくせに、恐るべき手綱さばきだ。袋叩きにされる前にこの包囲網から脱出せねば……」


 大福は、忌々しそうに顔を歪め、そう呟く。


 しかし、曹洪軍の馬たちは、ブルルーン‼ ブルルーン‼ と改造バイクの排気音のようないななき声を上げながら猛然と駛走しそうしている。乗り手がチンピラなせいか、馬の性格までチンピラ化しているようである。ちょっとでも近づいたら、チンピラ馬に蹴り殺されかねなかった。


「ヒーヘッヘッヘッ‼ てめぇみたいな雑魚ざこが俺様たちに勝てるわけがねぇーんだよぉぉぉ‼ かー……ぺっ‼」


 眼帯のチンピラAが、たんを飛ばした。


 彼らは暇な時に、痰を遠くまで吐き飛ばす競争をよくしているので、その飛距離と勢いは常人の三倍以上はある。小さな蛙ぐらいなら容易たやすく吹き飛ばせるほどだった。


 そんな痰の弾丸が左目に命中し、大福は「あっ!」と叫びながら片膝をついた。


 すると、他のチンピラたちも「誰が一番先にあいつの鼻の穴に痰を入れられるか競争だぁぁぁ‼」とわめき、ぺっぺっぺっと痰を大量に吐きかけてきた。相変わらず色んな意味で汚い奴らである。大福の体はあっという間に痰まみれになってしまった。


「お……おのれ……。俺が雑魚だと? ふざけるな……調子に乗りやがって……。俺は元々、名士の息子だったんだ! 貴様らとは格が違うッ!」


 自尊心の高い男にとって、多人数になぶられることほど屈辱的なことはない。嚇怒かくどした大福は、倦怠者の仮面をとうとう外し、凶暴な本性をあらわにした。


 立ち上がるや否や、勢いよく両手を夜天に突き上げ、「全員、死ねッ!」とヒステリックに叫ぶ。


 その直後――最前切り倒されたけやきの大木が、音も無く三尺(約七二・三六センチ)ほど宙に浮いた。


 司馬懿が「な、何⁉」と驚きの声を上げる。


 次の瞬間には、大木は凄まじい勢いで回転を開始し、轟々ごうごうと烈風を起こしながら、近くにいた門兵たちに襲いかかった。直撃すれば、ただではすまない。


「危ない! 離れろ!」


 曹真が、門兵たちに鋭い声で呼びかけた。


「ひ、ひええ~~~!」と兵士たちはおのおの叫びつつ後退する。その悲鳴に混じって、ブヒィィィ! ブゥゥゥ! という豚らしき声が聞こえた。恐らく、どこかに隠れていた賈詘かくつが、大木の回転で巻き起こった凄まじい風によって吹き飛ばされてしまったのだろう。


 大福は、曹軍の兵たちの無様な姿を眺めながら、ワッハッハッハッと哄笑こうしょうしている。


「ざまぁみろ! 次は貴様らチンピラどもの番だッ!」


 怒りを爆発させている度朔君のしもべは、両の手のひらを上に向け、クイックイッと手招きをした。すると、空飛ぶ大木は猛烈な勢いで回転しつつ、ヒャッハー集団めがけて迫って来た。曹洪の食客たちを大木で吹き飛ばせば、彼らに包囲されている大福まで巻き添えを食らうが、たとえそうなってでも自分を侮辱した敵をほふりたいらしい。無名の方術使いとは思えぬほどの気位の高さである。元は名士の息子だというのは本当なのかも知れない。


「な……なんてメチャクチャな野郎だ! このままでは、儂の食客たちが……」


 逆境に案外弱い曹洪がそう言って狼狽えると、曹沖が「子廉おじさん、落ち着いて!」と励ました。


「方士は心をかき乱されると、術が使えなくなるんです! だから、あの男の精神をもっと乱してください! 百戦錬磨のおじさんなら、きっとできるはずです!」


 曹沖の助言を聞き、何かひらめくものがあったらしい。曹洪は「なるほど……。心をかき乱せばいいのか」と呟き、平静を取り戻した。


 そして、ニチャア~と薄気味の悪い笑みを浮かべ、部下のチンピラたちに大音声だいおんじょうで新たな命令を下した。


「野郎ども! 『雄々しき象の陣』を試すぞ!」


「な、なんだってーーーッ⁉ 対劉備軍のために日頃訓練してきたあの大技をここでやるっていうのか⁉ こいつは面白くなってきたぜ、ヒャッハーーーッ‼」


 曹洪の食客たちは、口々に野獣のごとき雄叫びを上げると、曲芸師顔負けの器用さで馬のくらの上に立った。


 あいつら何をする気だ――と司馬懿が不審に思った直後、彼らはどういうわけか馬上で袴を脱ぎ始めた。


「うわっ! なんであの人たち、下の衣服を脱ぎだしたんですか⁉」


「子供は見ちゃイカン‼」


 司馬懿は慌てて小燕の目を両手で覆う。曹真も、曹沖の前に立ち、眼前に広がる卑猥ひわいな光景を大きな背中で隠した。


「な……何だ? 何だというのだ? なぜ下半身を露出させた⁉ け……汚らわしいイチモツを俺に見せるな! こっちに近づいて来るんじゃない!」


 大福は、激しい怒りと困惑で顔を赤らめさせ、半ば発狂しながら喚いた。


 三十数人の下半身露出男(上半身も軽装の肩当てや胸当てをつけているだけなので、実質的には全裸)は、鞍上あんじょうに直立したまま手綱を操り、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら包囲網を徐々に狭めていく。雄々しき象さんの群れに取り囲まれた大福は、完全に冷静さを失っていた。念力の術は再び解け、宙を浮いていた大木はずしぃぃぃん……と大きな音を立てて大地に沈む。



 ちょっと待て。そんな馬鹿な戦法があるものか。三国志モノの小説でさすがにふざけすぎだろう――そんな読者の声が聞こえてきそうだが、この露出狂作戦には、実はいちおう元ネタがある(出典がかなり曖昧な伝説だが)。




 呉の赤烏せきう十一年(二四八)のこと。


 交州こうしゅう九真郡きゅうしんぐん(現在のベトナム北部に設置されていた中国王朝の郡)で反乱が起き、呉帝孫権は鎮圧軍を派遣した。


 だが、反乱軍の指導者には趙媼ちょうおう趙氏貞ちょうしてい)なる爆乳美女戦士がいて、彼女が象にまたがって大奮戦したため、呉軍の損害は甚だしかった。


 ――趙媼は二十三歳のうら若き乙女らしい。


 という情報を得た呉の将軍陸胤りくいん陸遜りくそんの一族)は、ある奇策を思いついた。兵士たちを全裸にさせ、趙媼軍に突撃させたのである。


 雲霞うんかのごとく押し寄せるフリチン野郎たちを目の当たりにした趙媼は恥ずかしさのあまり戦意を失い、敗死したという。




 というわけで、異民族の女の子に裸で襲いかかった陸胤よりも、中年男の方術使いを驚かせるために全裸作戦をとった曹洪のほうが、まだいくぶんかはマシなのである。……と言いたいところだが、鬼畜将軍と渾名あだなされるこの男がこれだけで終わるはずがなかった。



 曹洪は「次でとどめじゃぁぁぁい‼」と怒鳴ると、剣をふりかざし、


「野郎ども、『放屁ほうひ殲滅陣せんめつじん』じゃ‼」


 と、聞いただけでろくでもなそうだと分かるオリジナルの戦術名を言い放った。


 食客たちは「ヒャッハー‼ 待ってましたぁぁぁ‼」と叫ぶや、疾駆する馬の上で立ったままくるりとターンし、体をくの字に曲げて全員がぷるるんとお尻を突き出した。その巧みな軽業は驚異的とすら言えるが、大福はそんなことに感心している余裕など無い。おびただしい数の野郎の尻が、四方八方から猛烈なスピードで接近してきているのだ。もはや怒りではなく、恐怖の感情しか湧いてこなかった。


「や……やめろッ‼ 来るな来るな来るなぁぁぁーーーッ‼」


 大福は両手をメチャクチャに振り回し、泣き喚く。


 だが、とうとう食客たちは至近距離まで迫り――。



「おぉぉぉなぁぁぁらぁぁぁプーーーーーー‼」


「ぎ……ぎやぁぁぁぁぁぁーーーーーー⁉」



 眼帯のチンピラAが疾風の速さで過ぎ行く刹那せつな、大福の顔面にゼロ距離で盛大な屁をぶっ放した。


 かつて経験したことのない凄まじい悪臭に、大福はくらりと意識が遠のきそうになる。


 間髪を入れず、鼻ピアスのチンピラBと魚眼のチンピラCも連続ガス攻撃。その後も続々と食客たちがすれ違いざまに屁を放ち、だいたい二十人目ぐらいで大福は白目を剥きながら倒れてしまった。



「かーかっかっかっ! これが我が最強部隊の実力じゃぁぁぁい!」


 曹洪は下馬すると、得意気に大笑しながら気絶中の大福を踏みつけた。


 部下のチンピラたちも、「フヒヒヒヒ‼」「アヒャヒャヒャ‼」「俺様たち、TUEEE‼」と野蛮な声を立てながら、敗者を馬上から見下している。



(くだらない……。あまりにもくだらない戦いだった……)


 司馬懿と曹真は、うんざりとした表情で、曹洪のヒャッハー集団を見つめるのであった。








<趙媼(趙氏貞)と陸胤全裸作戦について>


 趙媼は、中国王朝に抗った民族の英雄として、ベトナムでは祭られているそうです。

 ただし、正史『三国志』にその名は載っていません。彼女が初めて史料に登場するのは、『大越史記全書だいえつしきぜんしょ』(十五世紀にベトナムで編纂された歴史書。漢文で書かれている)からのようです。


 ただ、小説内で紹介した「陸胤が全裸作戦で趙媼の戦意を奪い、勝利した」という逸話は『大越史記全書』に記載が無く、出典がはっきりと分かりません。

 ネット上の三国志界隈ではわりと知られている(?)エピソードらしく、画像検索すると全裸になった陸胤のイラスト(たぶんゲームかな?)がちらほら……(^_^;)


 では、ネット上で最近生まれた都市伝説が独り歩きしているのか?

 そう疑ってしまいそうになりますが、それもちょっと違うような気がします。

 なぜなら、私(アラフォー)がこの逸話を知ったのは、恐らく十代前半の頃なのです。たぶん、光栄(現在のコーエー。ゲーム三國志のシリーズで有名なところ)が出していた『三國志武将FILE』(ゲームに登場する三国志武将を解説する事典みたいな本)に載っていたはず……。

 ただ、『三國志武将FILE』は、新作ゲームが発売されるたびに、その新シリーズに対応したものを出版しているので、どのナンバリングだったのかが思い出せない……。しかも、現物が行方不明……(白目)。


 どうにも気になってあれこれ調べたところ、この逸話が一九三〇年代頃にはすでに存在していたらしいことが確認できました。

 Kentaro Ishiguroという方がnoteで「ベトナム歴史秘話:なぜ民族の英雄は、巨乳として歴史書に記録されたのか?」というタイトルの記事を書かれていて(リンクを貼っていいのか分からないので、興味のある方は検索してください)、その記事によると、Đinh Gia Thuyếtという作家が一九三四年にハノイで『Ngọn cờ vàng(黄色い旗)』という作品を出版していたとのこと。その作品に、趙媼が全裸となった陸胤の軍隊に敗北した旨が記述されているそうです。ただ、この作品が全裸エピソードの発端となったのかは分からないらしいです。


 果たしてĐinh Gia Thuyếtという作家の創作だったのか、それともベトナムにそういう言い伝えがあってそれを作品に採用したのか……。今後、ベトナムの歴史や伝承を研究している方たちの中から陸胤全裸作戦の真相を解き明かしてくれる人が現れることを待ち望みます(*^^*)

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