小燕ちゃんと董白ちゃん~おまけという名の四章予告

 ここは、あの世の役所、冥府。


 今日も今日とて、小燕しょうえん董白とうはくは冥府の正門をせっせとほうきで掃き清めていた。


「あ~あ。死にたいなぁ~……」


「虚ろな目をしてどうしたんですか、董白ちゃん。私たち、もうとっくに死んでますよ」


 董白は近頃元気が無い。小燕は心配して、憂鬱そうにため息ばかりついている友達の顔を見つめた。


「いやぁ~別に気にしないでください。ここではないどこかの時代のとある国で、私の名を冠したライトノベルが人気爆発イケイケどんどんしていたのですが、五巻で完結(?)しちゃったっぽいんですよ。それが悲しくて、悲しくて」


「そ、それはご愁傷さまです。でも、いくらこのエピソードがおまけコーナーでも、あんまりメタ発言はしないほうが……」


「そうですね。愚痴はもうやめておきます。何らかのミラクルが発動して、宮城谷昌光先生が私を主人公に大長編小説を書いてくれるかも知れませんしね。それを希望にして強く生きていきますよ。…………なぁ~んちゃって! もう死んでましたね、私たち! アハハハハハハハハハ‼」


「と、董白ちゃん! 壊れちゃダメですってば! しっかりしてくださぁ~い!」


 小燕が董白の肩を揺さぶると、傷心の魔王令嬢は「うっ、うっ、うっ。だってだって、悲しいんだもん……」とめそめそ泣いた。


「こういう時は仕事に専念して、嫌なことを忘れちゃいましょう! ちょうど泰山府君たいざんふくんから新たな指令書が届きましたし!」


 そう言い、小燕は懐から木簡を取り出す。


 董白は思いきり顔をしかめ、「うげっ。どーせ、また次回予告用の台本でしょ? 今度はどうやって次回予告しろって言ってきやがったんですか、あの頓痴気とんちき野郎は」と毒を吐いた。


「しーっ! しーっ! 冥府のお役人に聞かれたらまずいです!」


「でも、小燕ちゃんもおかしいと思いません? 私たちに出してくる命令、毎回しょうもない内容ばかりじゃないですか。前回の『女子力高めな感じで次回予告せよ』とか、あんぽんたんの極みですよ。やっぱり、あの冥府の神、すぅぅぅんごぉぉぉく馬鹿なのでは?」


「そ……それでも、いちおうは冥府で一番偉い御方なんですから。もしかしたら深い考えがあるのかも知れないですし。指示には従っておいたほうが……」


 小燕が自信なさげにそう言うと、董白はため息交じりに「やれやれ。しょうがないですねぇ~」と呟いた。


「気は進みませんが、真面目な小燕ちゃんを困らせるのは不本意です。嫌々ながらやりますか。……で、今度はどういう指示が下されたのです?」


「ええとぉ~……。『ふう貴人きじんが危ない。冥府の治安を乱すごろつきどもから彼女を助け出せ。次回予告は、馮貴人を救出した後、その場のノリで』だそうです」


「その場のノリ……。どうやら、三回目にしてネタを考えるのが面倒臭くなったみたいですね。途中で面倒になるのなら、最初からネタに走るなって言うんですよ。まったく」


「でも、ごろつきさんたちが馮貴人をいじめていることを察知するなんて、さすがは冥府の神様です。急いで助けに行きましょう」


「そーいえば、あなた、無駄に色っぽいあのお妃とこの間お知り合いになったんでしたっけ。いいでしょう。死んだ後も女性に不埒ふらちな行為をする下衆げす野郎どもは、この魔王令嬢董白ちゃんが粛清してあげますよ。ニヤリ……」


 というわけで、小燕と董白は、馮貴人を救出すべく出動したのであった。




            *   *   *




「ふうきじーん! どこですかー!」


「ごろつきどもはいずこー!」


 二人は、馮貴人(と彼女を虐めている悪人たち)を探して、冥府のいたるところを走り回った。


 しかし、星の数ほどの(死者)たちが暮らす都市タウンでもある冥府はとっても広い。何のヒントも無しに人探しをするのは非常に困難だった。どこへ行っても、見つからない。


「はぁはぁ……。ぜぇぜぇ……。しょ……小燕ちゃん、ごめんなさい。私、実はあんまり体力ないんですよね。いちおうこれでも令嬢だったから。走るのそろそろ限界です」


四面楚歌しめんそか食堂で虞姫ぐき姉さんやお客さんたちにも聞きましたが、馮貴人の行方を誰も知りませんでした。どこにいるのでしょう」


「アホの泰山府君め。馮貴人の居場所ぐらい、指示書に書いておきなさいよ……。こうなったら、太公望たいこうぼうのおじさまを頼りましょう。あのおじさまなら、占いで彼女の行方を教えてくれるはずです」


「太公望? はて……。旦那様からそんな感じの名前の人、教えてもらったことがあるような。釣りが好きなおじいちゃんでしったけ?」


「殷王朝を倒し、周王朝の建国に大功あった英傑ですよ。あの時代の人は、政治や戦も占いで重大なことを色々決めていましたからね。人探しぐらい、占いでちょちょいのちょいです。ちょっと呼び出しますね」


 そう言うと、董白は懐から謎の小石――二十一世紀の子供たちが持ち歩いている防犯ブザーっぽい形状――を取り出し、石の先端についている紐を引っ張った。すると、



 ピヨヨヨヨヨヨヨ!!!!!!



 けたたましい音が冥府中に鳴り響いた。まんま防犯ブザーである。


「わっ、わっ、わっ。この音は何ですか⁉」


「これは、太公望のおじさまがくれた警報ピヨヨ石です。生前は殷周革命期の英雄だったおじさまですが、死後の世界ではか弱い少女を陰に日向ひなたに守る『美少女限定守護戦士おじちゃん』になったのです」


「美少女限定守護戦士おじちゃん」


 小燕は、思わず復唱してしまっていた。よく分からないが、ただの釣り好きの老人ではないことはたしかだ。


「ヘーイ‼ 董白たん、呼んだかーい⁉」


 警報ピヨヨ石が鳴りだしてわずか三十秒ほどで、鹿っぽい見た目の霊獣四不象しふぞうにまたがった老人が空から舞い降りて来た。


「うわっ! ものすごく頭が大きい道士様です!」


 小燕は天を仰ぎ、驚きの声を上げる。


 太公望はHAHAHAと陽気に笑い、空中に浮かんでいる四不象から飛び降りて鮮やかに着地した。


「脳の容積が一般ピープルとは段違いじゃからな。万物の事象に隠された真実をひと目で見抜く眼力は、シャーロック・ホームズ並みじゃ」


「しゃーろっく???」


「フムフム……。おぬし、冥界に来たての新入りじゃな。名前は小燕たん、生まれ故郷は飢饉で村人が全滅し、司馬懿という男の家で下女をやっていたが、今年の夏に死んだ。経歴はこんな感じかの?」


「ええっ⁉ ど、どうして私の過去が分かるんですか⁉」


「人の過去や職業を言い当てることなど、わしには造作も無いことじゃわい。なにせ、この太公望呂尚は古代中国ナンバーワンの大賢者じゃからな! HAHAHA!」


「ほええ~‼ それはすごいです‼ 尊敬しちゃいます‼」


「いい子じゃのぉ、小燕たんは。それにとってもキュートな美少女じゃ。よし、おぬしにも警報ピヨヨ石をあげよう。悪い鬼にからまれたら、これで儂を呼びなさい。冥界のどこにいても駆けつけて、助けてあげよう」


「ありがとうございます!」


 素直で純真な小燕は、すっかり太公望になつき、警報ピヨヨ石を受け取った。


「さてと――」太公望は董白のほうに向き直ってウィンクする。「それで、儂は馮貴人という美女の居場所を占えばよいのじゃな?」


「まだ何も言っていないのに……。さすがです、太公望のおじさま。占いに必要な亀の甲羅か獣の骨を今すぐ持って来ますので、どうかよろしくお願いします」


「いやいや。儂ほどの賢者ならば、そんなものはいらぬ。秒で占ってしんぜよう」


 そう言うや否や、太公望は「てーーーいッ‼」と叫び、履いていたくつを天高く蹴り上げた。


 沓は、空中で弧を描いて飛び、やがて落下した。


「ふむ。沓のつま先があっちの方向に向いているということは――馮貴人はあっちじゃな‼」


「あの……太公望のおじさま? さすがにその占いは雑すぎなのでは?」


「心配するな、董白たん。牧野ぼくやの戦いの時も、儂の沓占いが周軍を勝利に導いたのじゃ。さあ参るぞ、二人とも‼」




            *   *   *




 ここは、冥府の端っこにあるスラム街。

 お金を持っておらず半ば野盗と化した鬼たちが群れ集まる場所である。


 冥府における通貨は、現世で家族や縁者が紙の銭を燃やしてまつってくれることによって、燃やした金額分が冥界の死人の元に届く。つまり、天涯孤独の者や家族に嫌われていた者は、紙銭しせんを燃やしてもらえないので、あの世で貧乏人になってしまうのである。


 この冥府のマネー事情には明らかな問題があったため、泰山府君は鬼たちに仕事を与え(小燕と董白みたいに門の掃除をするなど)、彼らがあの世でちゃんと食べていけるように色々苦心していた。


 しかし、生前に山賊行為などをしていたアウトローな輩には、まっとうな仕事で銭を稼ごうという発想がそもそも無い。中には泰山府君に与えられた仕事を放棄して、あの世でも野盗稼業を始める鬼が多数いた。


 そんな賊たちが、鍾繇しょうようと再会の約束をして別れたばかりの馮貴人をだまし、スラム街に連れ込んでいたのである。



「くっ。そなたたちが冥府転生課の役人で、手っ取り早く生まれ変わる方法を教えてくれると言うから、ついて来たというのに……。よくも騙してくれたな。私にこんな恥ずかしいかっこうをさせて、いったい何をする気じゃ」


 馮貴人は、顔を赤らめ、色っぽく身をよじらせながら彼らに抗議した。


 彼女は現在、薄暗い路地裏で野盗の鬼たち十五、六人に取り囲まれている。しかも、頭に二つのツノをつけさせられ、虎柄のビキニを着せられていた。


「何をする気かって? くっくっくっ。そりゃあ、ナニするに決まっているじゃねぇか‼」


 野盗たちの頭目、許昌きょしょう――陽明皇帝を自称して会稽かいけいで乱を起こし、二十歳の孫堅そんけんに討伐された妖賊――が、下卑た笑みを浮かべながらそうわめく。


嗚呼ああ、男を惑わせる自分の美貌が心底憎い……。死体を輪姦して悦ぶ鬼畜どもの次は、女に破廉恥なかっこうをさせてはしゃぐHENTAIどもに目をつけられてしまうとは……」


「ふへへへ。さあ、別嬪べっぺんさん。さっき教えた言葉をその艶っぽい声で言うんだ。『だ~りん、大好きだっちゃ!』って。ほら早く! 言えよ、ほら!」


「そ……そんなことを言ったら、興奮したお前たちが一斉に私に飛びかかるに決まっている‼ 絶対に嫌じゃ‼」


「ほほ~う、なかなか気の強い女じゃねぇか。だが、力尽くでも言わせてやるぜ。……おい、野郎ども! あの女をこそぐれ! 女が俺様に『だ~りん、大好きだっちゃ!』って言うまではやめるなッ!」


 許昌がそう命令すると、彼の部下たち(生前も部下だった)は「おおッ!」と叫び、馮貴人に襲いかかった。


「い……いやぁぁぁ‼ 誰か助けてーーーッ‼」


「儂に任せるがいい‼」


 馮貴人が悲鳴を上げた直後。


 四不象にまたがった太公望が、疾風の速さで飛んで来た。


 その手には、太公望愛用の打神鞭だしんべんが握られている(ここで言う鞭とはヒモ状のものではなく、硬鞭こうべんという棒状の武器)。


「四不象よ! 低空飛行じゃ!」


 太公望がそう命じると、四不象は体を横に傾け、地面すれすれを飛行。許昌ら賊たちに突貫していった。


「そぉら! 伝説の鞭の餌食えじきとなれい!」


 電光石火の早業で繰り出される打神鞭。その凄まじい突きの嵐は、悪漢どもの尻穴を次々と貫いた。許昌ら賊は「あなるーーーッ⁉」と口々に叫び、泡を吹きながらバタバタと倒れていく。


「よいか、読者諸君。カンチョーが許されるのは、子供か大賢者であるこの儂だけじゃ。リアルでこういうことを大人がやったら暴行罪とかになるかも知れんから、真似をしてはならぬぞ。太公望のおじちゃんとの約束じゃ」





 数分後。


 許昌たちHENTAI盗賊団は、遅れて駆けつけた小燕と董白によって縄で縛られていた。後で冥府の治安維持担当の項羽に身柄を引き渡し、お仕置き(怪力の項羽にお尻を百発叩かれる)をしてもらうのである。


「くっそ~。あともうちょっとでスケベボディな姉ちゃんをエッチな同人誌みたいにチョメチョメできたのに……ぐべっ⁉ ごぼっ‼ あぎゃぁぁぁ‼ か、顔はやめてーーー‼」


「黙れやゴミクズ野郎! てめぇーらみたいな悪漢どもを見ていると、うちの董卓クソジジイの魔王軍団を思い出して胸糞悪いんだよぉー! あの馬鹿たちが洛陽や長安で好き勝手やりまくったせいで、世間の人たちの怨みを買って、うちら董一族は女子供もふくめて皆殺しになったんだ! くそくそくそがぁぁぁーーーッ‼ 暴力的な人間は大嫌いだぁぁぁーーーッ‼」


「と、董白ちゃん! 言葉と行動が矛盾してますってば! 落ち着いてください!」


 許昌の顔は、董白に足蹴にされまくって、モザイク処理が必要なほど醜く変形してしまっている。見るに見かねた小燕が董白を羽交い締めにして止めなければ、許昌の目玉は眼窩がんかから飛び出してしまっていただろう。


「フーッ! フーッ! 私は絶対に暴力をユルサナイ! 暴力的な奴らは全員コロス!」


「そうですね。暴力はいけませんね。だからもうやめましょうね。あと、冥界にいる人はみんな死んでますから。(董白ちゃんって、ときどき情緒不安定なんだよなぁ~……)」


「こらこら、お嬢たんたち。おぬしら、そろそろ次回予告をしなくてもよいのか? もう五千文字を超えちゃってるぞ、このエピソード。おまけコーナーなのに文字数を使い過ぎじゃ。ちゃっちゃっとやってしまいなさい」


 太公望がそう注意すると、小燕と董白は声をそろえて「あっ。忘れてた」と言った。


「でも……。泰山府君は『その場のノリで次回予告をやれ』と言ってきていますが、董白ちゃんも私もそんな無茶ぶりに答えられるほど器用ではないんです。面白いネタも思いつかないし、いったいどうやって次回予告すればいいんでしょうか」


「そういうことならば、私が協力しよう。HENTAI盗賊団から助けてもらったお礼じゃ」


「えっ⁉ 馮貴人が⁉ い、いいんですか⁉」


「ああ。私はいま、ちょうど萌え萌えな感じのコスプレをしておる。心の醜いHENTAIどもにエロイ目で見られるのは嫌だが、読者諸氏はきっと紳士淑女のはず。世話になった曹丕と司馬懿のために次回予告とやらをしてやろう。泰山府君から受け取った台本を貸しなさい。アドリブで何とかしてみせる」


「わー! ありがとうございます! じゃあ、私と董白ちゃんも同じかっこうをしますね!」






            ~次回予告~



馮貴人「だぁ~りぃ~ん! 次回は第一部のクライマックスだっちゃよぉ~!」


白魚のような指を首から胸元にかけてゆっくりと這わせ、妖艶な視線を読者に送る馮貴人。


彼女と同じ衣装(頭に二つのツノ、虎柄のビキニ)を身にまとった小燕と董白、そして太公望。三人は読者に向けて同時に投げキッスをした。


その横で、四不象が「なんで爺さんがそのコスプレをやってるんだ……」と言いたげに、主人の太公望を睨んでいる。


馮貴人「ミステリアスな曹丕の秘密の一部がついに明らかになるらしいけどぉ~。今回はいつも以上に大ピンチなことになっちゃうらしいっちゃ!」


小燕「新キャラに曹叡そうえいくんっていう男の子が登場するらしいです……だっちゃ!」


董白「あと、既存キャラの意外な正体なんかも分かっちゃうし、曹操が子供たちの中で最も溺愛した天才ショタキャラも登場予定ゲソ!」


太公望「董白たん、それは鬼の娘ではなくイカの娘の語尾じゃ! ……こほん。三国志業界の人気爺さんキャラ、華佗かだも大活躍するから期待して欲しいっちゃ!」


小燕「あ! ヤバイです! 六千文字超えちゃってます!」


董白「一話の文字数が多すぎると読者にブラバ(ブラウザバックの略)されちゃうって、司馬遷しばせんさんがこの間言ってました!」


太公望「馮貴人よ、サクッと締めるぞ!」


馮貴人「任せておくがよい。……次回、『列異』!!!」


小燕&董白「四章『曹丕の秘密』!!!」


太公望「ブラバしたら、打神鞭でカンチョーしちゃうぞ☆」

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