力を求めた者の末路
ちゃっちゃっとけりをつけると言いながらも、曹丕は大剣を肩に置き、のんびりと構えている。火の玉の群れは、すでに眼前である。
「フム……。四回ほど剣を
ポツリとそう呟いた後、ようやく剣を構え、息を深々と吸った。そして――曹丕は疾風の斬撃を放った。
直後、
馬超が放った火球は、その光り輝く粒たちに包み込まれ、たちまち消滅していく。
さらに二閃、三閃、四閃。
「……な? 効かないと言っただろ?」
全ての炎を消し去った曹丕は、
逆上中の馬超はさらに憤激し、「ぐ……ぐぞぉぉぉ‼」と
「董卓軍に虐殺された弱者どもの魂を体内に取り込んだ俺が馬鹿であったわ! 負け犬の怨みの力など、たかが知れていたのだ! 役立たずの悪鬼どもめが! 今すぐ俺の体から出て行け! 貴様たちが俺に取り
馬超はヒステリックに叫び、己の胸を拳で激しく叩く。
しかし、
「いい加減に観念しろ、バカ馬超。死者の魂を
「何がお尻ペンペンだ! ふざけやがって! 悪鬼の力が通用しないのなら……こういう戦い方もできるのだ!」
この期に及んでも、馬超の闘志は衰えていない。バッと飛び下がって曹丕と距離を取ると、手刀で近くの大木を次々と切り倒し始めた。
「フハハハ‼ 木の下敷きになって圧死しろぉぉぉ‼」
恐るべき怪力である。馬超は、薪を拾うかのように片手でひょいと倒木を持ち上げると、槍投げの陸上選手よろしくブン投げてきた。
右手で持ち上げては投げ、左手で持ち上げては投げ、瞬く間に十数本の木が空を飛ぶ。曹丕や司馬懿たちの頭上に、大木の雨が降り注いだ。
悪鬼の力は無効化できても、
「アハハハ。そんなヤケクソな攻撃が当たるものか。俺は十一歳で初陣を飾り、
しなやかな身のこなしで、踊るように動き回り、曹丕は飛来する大木を回避していく。龐徳に注意を呼びかける余裕すらあった。
「
龐徳はそう言うと、続々と飛んで来る大木を睨みつけ、ファイティングポーズを取った。
三国志業界の怪力代表、張飛や
「うおおおーーーッ‼」
怒号一声、巨岩
真っ先に落下してきた巨木は粉々に粉砕され、続いて飛来した木々も、次々と放たれる龐徳の拳によって破壊、もしくは遠くへと吹っ飛んでいく。
(ほ、ほええ……。龐徳殿が敵に回らなくて良かったぁ~。こんな
世間に出てまだ一か月ちょいなのに、ビックリ超人とのエンカウント率が高すぎる。ある意味、怪異よりも恐い。司馬懿は引きニートを卒業したことにいまさらながら後悔し始めていた。
「ああああクソがぁぁぁ‼ 龐徳‼ 俺の邪魔をするなぁーーーッ‼」
「馬超! 往生際が悪いぞ!」
巨木アタックを全て回避した曹丕は、疾風のごとく駆け、一瞬で馬超に肉薄する。驚いた馬超は慌てて拳を振り下ろしたが、曹丕は素早く背後に回り込み、馬超の尻めがけて泰山環を突き上げた。
「ほぉーら! お尻ペンペン!」
刃が尻に触れる直前。剣の切っ先から、黄金の光線が放たれた。
馬超の巨体は、凄まじい衝撃によって、上空へと舞い上がっていく。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ⁉ し、尻が焼けるように熱い! 何が……何が起きたのだぁぁぁ‼」
単純な話だ。潔癖症の霊剣泰山環は、
「そらそら! どんどんいくぞ!」
曹丕は意地の悪い笑みを浮かべ、地を蹴って飛翔。空中で激痛に苦しんでいる馬超(のお尻)に追撃を加えた。
「お尻ペンペン!」
汚い尻との接触を避けたい泰山環は、再度、黄金のビームを放つ。馬超は悲鳴を上げながら、さらに天高く吹っ飛んでいく。
曹丕は、近くの巨木の樹頭にいったん降り立つと、馬超を追いかけてまた飛んだ。
「お尻ペンペン!」
「あぎゃぁぁぁ‼」
「お尻ペンペン!」
「ひぎぃぃぃ‼」
「お尻ペンペン!」
「ほがぁぁぁ‼」
夜明け前の空で、人類史始まって以来の壮絶なお尻ペンペン(?)が繰り広げられている。馬超の尻は赤々と腫れ上がり、皮まで剥けていた。
司馬懿と鍾繇、龐徳、馬休は、自分たちはいったい何を見せられているんだ……と思いながら、呆然と空を見上げている。
(な……なんて……なんて無力なんだ。こんなにも絶望的な無力感を味わうのは、あの日以来だ……)
一方的な暴力を受ける――それは、愛する母、弟や妹たちを眼前で殺された過去を持つ馬超にとって、拭い去ることのできぬトラウマだ。敵の暴力に屈し、
悪鬼たちに取り憑かれ、彼らの
無力では駄目だ。
弱者では駄目だ。
敵に蹂躙されてしまう。
このままでは、また略奪者の暴力に――。
「い……嫌だぁぁぁ‼ 母上が死ぬのは嫌だぁぁぁ‼
最後にひときわ強烈な光線を喰らい、馬超は地上へと真っ逆さまに墜落していく。大地に叩きつけられる直前、彼は黒々とした血の涙を大量に流しながら絶叫していた。敵が曹丕なのか、韓遂なのか、分からなくなっている。完全に錯乱していた。
ドスゥゥゥン……と、地面と周辺の木々を震動させ、馬超は頭から落ちる。怪物化していなかったら、首の骨が折れて死んでいたところである。
「ザッと済んだな」
司馬懿たちのそばに降り立ち、曹丕はそう呟く。
馬超は何とか立ち上がろうともがいているが、片腕をほんの少し上げるだけで精いっぱいの様子である。
「孟起様……。ずっとお母上の死を気に病んでおられたのですね。おいたわしや……」
龐徳は、怪異に成り果てた挙句に退治されてしまった
「は……母上……。助けて、母上……。ぼ……僕は死にたくない……。死にたくないよぉ、母上ぇ……」
唯一動かせる右手をプルプルと震わせながら伸ばし、曹丕たち――いや、その先にいる誰かに向かって、馬超は助けを求める。
周辺の空気が、わずかに冷たくなるのを感じた。
まさか、と思った曹丕と司馬懿は後ろを振り向く。そこにいたのは――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます