力を求めた者の末路

 ちゃっちゃっとけりをつけると言いながらも、曹丕は大剣を肩に置き、のんびりと構えている。火の玉の群れは、すでに眼前である。


「フム……。四回ほど剣をふるえばいいかな」


 ポツリとそう呟いた後、ようやく剣を構え、息を深々と吸った。そして――曹丕は疾風の斬撃を放った。


 直後、泰山環たいざんかんの刃から、蝶の鱗粉のような黄金色こがねいろの粒子が大量に飛散した。


 馬超が放った火球は、その光り輝く粒たちに包み込まれ、たちまち消滅していく。


 さらに二閃、三閃、四閃。捷速しょうそく凄まじく剣を揮う。黄金の粒子は周囲に拡散し、近くの草木を燃やしていた黒炎を浄化した。


「……な? 効かないと言っただろ?」


 全ての炎を消し去った曹丕は、あざけるように微笑む。隙あらば敵を煽るのが彼の戦闘スタイルである。


 逆上中の馬超はさらに憤激し、「ぐ……ぐぞぉぉぉ‼」とわめきながら地団駄を踏んだ。涼州で恐れられた錦馬超きんばちょうの威厳は、完全に喪失してしまっている。


「董卓軍に虐殺された弱者どもの魂を体内に取り込んだ俺が馬鹿であったわ! 負け犬の怨みの力など、たかが知れていたのだ! 役立たずの悪鬼どもめが! 今すぐ俺の体から出て行け! 貴様たちが俺に取りいている限り、俺は曹丕には勝てん!」


 馬超はヒステリックに叫び、己の胸を拳で激しく叩く。


 しかし、丁原ていげんをはじめとする悪鬼たちは、誰一人として応答しない。裂けた口からのぞく無数の「目」は、せせら笑っているように見えた。


「いい加減に観念しろ、バカ馬超。死者の魂を冒涜ぼうとくした天罰だ。降参しないのなら、宣言通りに折檻させてもらうぞ。さあ、尻を出せ。お尻ペンペンの刑だ」


「何がお尻ペンペンだ! ふざけやがって! 悪鬼の力が通用しないのなら……こういう戦い方もできるのだ!」


 この期に及んでも、馬超の闘志は衰えていない。バッと飛び下がって曹丕と距離を取ると、手刀で近くの大木を次々と切り倒し始めた。


「フハハハ‼ 木の下敷きになって圧死しろぉぉぉ‼」


 恐るべき怪力である。馬超は、薪を拾うかのように片手でひょいと倒木を持ち上げると、槍投げの陸上選手よろしくブン投げてきた。


 右手で持ち上げては投げ、左手で持ち上げては投げ、瞬く間に十数本の木が空を飛ぶ。曹丕や司馬懿たちの頭上に、大木の雨が降り注いだ。


 悪鬼の力は無効化できても、物理攻撃巨木アタックは防げないはずだ――馬超はそう考えたのである。


「アハハハ。そんなヤケクソな攻撃が当たるものか。俺は十一歳で初陣を飾り、悪来あくらい典韋てんいに武術を仕込まれたのだ。それなりに修羅場はくぐってきている。……龐徳ほうとくよ! 鍾繇しょうようたちはお前が守れ!」


 しなやかな身のこなしで、踊るように動き回り、曹丕は飛来する大木を回避していく。龐徳に注意を呼びかける余裕すらあった。


御意ぎょい! 皆さん、拙者の後ろに下がってくだされ!」


 龐徳はそう言うと、続々と飛んで来る大木を睨みつけ、ファイティングポーズを取った。


 三国志業界の怪力代表、張飛や許褚きょちょあたりなら、鼻をほじりながら片手チョップで叩き返していただろうが、龐徳もまたパワー自慢の猛将である。この程度のことで動じたりはしない。内功術で身体を鋼鉄化し、



「うおおおーーーッ‼」



 怒号一声、巨岩穿うがつ勢いで拳を放った。


 真っ先に落下してきた巨木は粉々に粉砕され、続いて飛来した木々も、次々と放たれる龐徳の拳によって破壊、もしくは遠くへと吹っ飛んでいく。


(ほ、ほええ……。龐徳殿が敵に回らなくて良かったぁ~。こんな猛将ヤツらがうじゃうじゃいるのが戦場なんだよな? 俺もいつかは軍師としてこういう人種たちと合戦をするわけか。……孝敬里こうけいりでずっと引き籠っていたかったなぁ~)


 世間に出てまだ一か月ちょいなのに、ビックリ超人とのエンカウント率が高すぎる。ある意味、怪異よりも恐い。司馬懿は引きニートを卒業したことにいまさらながら後悔し始めていた。


「ああああクソがぁぁぁ‼ 龐徳‼ 俺の邪魔をするなぁーーーッ‼」


「馬超! 往生際が悪いぞ!」


 巨木アタックを全て回避した曹丕は、疾風のごとく駆け、一瞬で馬超に肉薄する。驚いた馬超は慌てて拳を振り下ろしたが、曹丕は素早く背後に回り込み、馬超の尻めがけて泰山環を突き上げた。


「ほぉーら! お尻ペンペン!」


 刃が尻に触れる直前。剣の切っ先から、黄金の光線が放たれた。


 馬超の巨体は、凄まじい衝撃によって、上空へと舞い上がっていく。


「ぐがぁぁぁぁぁぁ⁉ し、尻が焼けるように熱い! 何が……何が起きたのだぁぁぁ‼」


 単純な話だ。潔癖症の霊剣泰山環は、けがれたものが大嫌いである。もちろん、くそが出る尻なんて一番触れたくない体の部位だ。そこに自分がぶっ刺さりそうになったから、猛烈な拒絶反応を示したのだ。「尻に刺さるぐらいならその前に敵を吹っ飛ばしますビーム」である。


「そらそら! どんどんいくぞ!」


 曹丕は意地の悪い笑みを浮かべ、地を蹴って飛翔。空中で激痛に苦しんでいる馬超(のお尻)に追撃を加えた。


「お尻ペンペン!」


 汚い尻との接触を避けたい泰山環は、再度、黄金のビームを放つ。馬超は悲鳴を上げながら、さらに天高く吹っ飛んでいく。


 曹丕は、近くの巨木の樹頭にいったん降り立つと、馬超を追いかけてまた飛んだ。


「お尻ペンペン!」


「あぎゃぁぁぁ‼」


「お尻ペンペン!」


「ひぎぃぃぃ‼」


「お尻ペンペン!」


「ほがぁぁぁ‼」


 夜明け前の空で、人類史始まって以来の壮絶なお尻ペンペン(?)が繰り広げられている。馬超の尻は赤々と腫れ上がり、皮まで剥けていた。


 司馬懿と鍾繇、龐徳、馬休は、自分たちはいったい何を見せられているんだ……と思いながら、呆然と空を見上げている。


(な……なんて……なんて無力なんだ。こんなにも絶望的な無力感を味わうのは、あの日以来だ……)


 一方的な暴力を受ける――それは、愛する母、弟や妹たちを眼前で殺された過去を持つ馬超にとって、拭い去ることのできぬトラウマだ。敵の暴力に屈し、蹂躙じゅうりんされないために、彼は天下無双の男となった。すなわち、人の命と財を奪う暴力者側に立ち続けようとしたのである。


 悪鬼たちに取り憑かれ、彼らの怨毒えんどくを克服したことによって、自分は凄まじい呪いの力を手に入れた。これなら誰にも負けない。真の意味で最強になれた……。そう思って喜んでいたというのに、この状況はどうだ。鬼物奇怪きぶつきっかいの事に通じた曹丕の前では、全くの無力ではないか。これでは、母やきょうだいを守れなかったガキの頃の自分に逆戻りしてしまっている。


 無力では駄目だ。

 弱者では駄目だ。

 敵に蹂躙されてしまう。

 このままでは、また略奪者の暴力に――。


「い……嫌だぁぁぁ‼ 母上が死ぬのは嫌だぁぁぁ‼ 韓遂かんすいめぇぇぇ‼ 父の義兄弟でありながら俺の家族をなぜ殺したぁぁぁ‼ 閻行えんこうぅぅぅ‼ 友だと思っていたのに、どうして俺の命を奪おうとしたぁぁぁ‼」


 最後にひときわ強烈な光線を喰らい、馬超は地上へと真っ逆さまに墜落していく。大地に叩きつけられる直前、彼は黒々とした血の涙を大量に流しながら絶叫していた。敵が曹丕なのか、韓遂なのか、分からなくなっている。完全に錯乱していた。


 ドスゥゥゥン……と、地面と周辺の木々を震動させ、馬超は頭から落ちる。怪物化していなかったら、首の骨が折れて死んでいたところである。


「ザッと済んだな」


 司馬懿たちのそばに降り立ち、曹丕はそう呟く。


 馬超は何とか立ち上がろうともがいているが、片腕をほんの少し上げるだけで精いっぱいの様子である。


「孟起様……。ずっとお母上の死を気に病んでおられたのですね。おいたわしや……」


 龐徳は、怪異に成り果てた挙句に退治されてしまった御曹司おんぞうしを哀れに思い、涙ぐんでいる。馬休も、無慈悲な兄が戦で死んだ家族をいまでも想っていたことを知り、優しかった昔の馬超を懐かしく感じて落涙していた。


「は……母上……。助けて、母上……。ぼ……僕は死にたくない……。死にたくないよぉ、母上ぇ……」


 唯一動かせる右手をプルプルと震わせながら伸ばし、曹丕たち――いや、その先にいる誰かに向かって、馬超は助けを求める。


 周辺の空気が、わずかに冷たくなるのを感じた。

 まさか、と思った曹丕と司馬懿は後ろを振り向く。そこにいたのは――。

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