霊剣泰山環
(曹丕の奴、あんな巨人相手に接近戦に持ち込んで大丈夫なのか?)
司馬懿は、武芸はからっきしだが、観察力だけはそこそこ強い武人並みある。それゆえ、疾風の勢いで突撃していく曹丕に心中ハラハラしていた。
怪物馬超の腕の長さは、常人の二倍以上ある。リーチが異常なほど広範囲な敵に対して真正面から飛び込めば、一方的にやられる可能性が高い。
いまの曹丕は、愛用の
だが、それは司馬懿の杞憂だったようである。曹丕のひねくれた戦いぶりは今回も健在であった。
「うおぉぉぉーーーッ‼」
馬超は一声
曹丕は、その猛悪なる一槍を、真っ向から受け止めるつもりのようだ。悠然たる微笑をたたえつつ、右手に持つ霊剣
(フン。巨人化したこの俺の攻撃を片手で防ごうとするとは愚かな。力負けするだけではないか!)
邪気を
次の瞬間、「ぬ、ぬおおおっ⁉」と驚愕の声を上げながら後ろに数歩よろめいていたのは、馬超のほうであった。曹丕が、馬超の猛烈な一撃を軽々とはね返したのだ。馬超が手にしていた槍の柄は、砕け折れてしまっている。
「ば、馬鹿な。そんなことが――」
「ほらほら、ぼうっとしているなよ。次は俺の攻撃の番だからな」
曹丕は、敵に生じた隙を逃さない。剣帯にぶら下げていた竹筒の
「仲達よ。この武器の効果的な使い方を教えてやる。よく見ていろ。……せいッ!」
鋭い気合の声ともに曹丕は地を蹴り、飛鳥のごとく跳んだ。
眼下に見下ろすは、馬超の悪鬼の形相。
流星の
「ぐふごっ……!」
隕石が激突しかたのごとき衝撃が、馬超の脳天を襲う。その巨体はいとも
「ごがぁぁぁ⁉ め、目が‼ 目に
顔面のいたるところに撒菱の棘が突き刺さり、馬超は初めて悲痛な叫び声を上げた。
顔に撒菱はさすがにシャレにならない。目になど入ったら大変である。痛みのあまり、化け物でも泣き叫ぶに決まっている。
「フッ……。『鉄蒺藜は、踏ませるのもいいが、顔に浴びせたほうが効果絶大』。軍師
「え、えげつなぁぁぁーーーッ‼」
司馬懿だけでなく、
郭嘉といえば、曹軍の参謀たちの中で最も年若く、そして、曹操に最も頼りにされている戦の天才である。あのえげつない乱世の奸雄が「郭嘉にこそ我が後事を託せる」と信頼する軍師なだけあって、その戦術のえげつなさは天下一品だった。
「ぐっ……。
撒菱が刺さった顔を上げ、馬超は裂けた口をグワッと大きく開く。そして、両手両足を
この至近距離からの突進攻撃。さすがに避けることはできないはず――と思われたが、曹丕の余裕の笑みは全く崩れる気配が無かった。
「舐めた真似をしているのはそっちだ。バカ馬超」
傲然とそう言い放ち、光纏う霊剣を一閃、二閃させる。
鋸歯はことごとく粉々に砕け散って、馬超は「な……何だとぉぉぉ⁉」と動揺の声を上げた。
攻撃を二度も軽くあしらわれるなど、「人間」だった頃でも滅多に無かった経験である。なぜ曹丕には自分の力が通用しないのか――。
「ま……まぐれだ。ただのまぐれに違いない。歯を砕かれたぐらい、何だというのだ。こんなのすぐに再生してやる」
体勢を立て直すため、馬超は両手と両足をバネのように使って後方に跳び、地響きを立てながら着地。上体を起こして二足歩行に戻った。
その数秒の間に、馬超の鋸歯は全て再生しきっている。驚異的な治癒能力である。
「これなら……どうだッ‼」
猛牛のように前屈みになり、馬超は怒鳴る。その直後、
さらに、額からは時を置かずして新たな角がにょきっと生え、その角もロケット弾のごとく飛翔する。生えては発射、生えては発射を繰り返し、馬超はロケットホーンを六連射した。
「こ……公子様! 危ない!」
「慌てるな、仲達。この程度、何でもない」
そう冷静に言いつつ、曹丕は、飛来するロケットホーンめがけて泰山環を突きつける。
霊剣の切っ先がロケットホーンに触れた瞬間、不可思議な力が働き、巨大な角はくるりと向きを反転した。そして、自分が元いた場所――馬超の額に帰還すべく飛翔を再開した。
「な、な、な……⁉ く、来るな! こっちに来るなぁぁぁ!」
全てのロケットホーンを、泰山環は回れ右させてしまった。
「ど……どうして……。どうして、ことごとく俺の攻撃が防がれる? お、俺は天下無双の
「『人間』だった時ならば、俺どころか曹軍の名だたる猛将のほとんどがお前には勝てなかっただろうさ。……だが、貴様は力を欲するあまり人間を捨ててしまった。悪鬼たちの
曹丕は右手を前に突き出し、光放つ五尺三寸の霊剣を見せつけながら馬超に歩み寄って行く。「そして、これがお前を狩るための道具だ。俺がいままで逃げ回っていたのは、その身に悪鬼の魂――
「この泰山環は、かつて陳節方という男が神仙の王方平から授かった魔除けの剣だ。邪悪な存在を殺す能力は無いものの、就寝時に持ち主を魔物から守ってくれ、戦でも負傷しない。
そういう便利な神秘道具なのだが、この剣にはどうやら自らの意思があるらしい。穢れたものが接近すると、非常に怒る。物凄い潔癖症なのだ。光り輝き、『自分に邪悪なものを近づけるな』と持ち主に訴えてくる。魔物の穢れが強ければ強いほど拒否反応は大きくなり、我慢の限界に達すると、こいつは『こっちに来るなよ、馬鹿野郎!』と怒り狂って五尺三寸の大剣となる。そして、徹底的に自分から遠ざけるために、持ち主に強大な破邪の力を与える。魔物は、この大剣で殴られたら、死にはしないが泣くほど痛い。実際、この剣で俺がボコった怪異どもは、最終的にギャン泣きして逃げ去った。
……なあ、バカ馬超。この霊剣でお前の命を奪うことはできないが、幼子みたいに見っともなく泣かせることは可能なんだぜ。弟や家来の前でそんな無様な姿を見せたくはなかろう? さっさと降参してしまえ。悪いが、お前に勝ち目はこれっぽっちも無いぞ」
「ふ……ふざけ……っ」
後頭部や背中に突き刺さった六本の角を抜き取りつつ、馬超はよろよろと立ち上がる。角を抜くたびに黒い血がどばどばと噴き出し、血を浴びた周辺の草花は見る見るうちに枯れていった。
「ふざけるなッ‼ 穢れたものが大嫌いな潔癖症の霊剣だと⁉ 加齢臭がする父親を嫌がる思春期の女子なのかそいつは‼」
「まあ、性別があるとしたら女子かも知れんな」
「うっるさいわ‼ そんなふざけた剣で圧倒されるなど、戦士として最大の屈辱だ‼ ……もう怒ったぞ。お前を八つ裂きにしたら、その剣に俺の糞をかけて、この世で最も穢れた霊剣にしてやるわ‼」
激昂した馬超は、いままで封じていた炎の攻撃を再び開始した。大量の黒い火の玉を飛ばし、曹丕を焼き尽くそうとする。
「やれやれ。怒りのあまり頭がいかれてしまったようだな。その攻撃は効かないと言っただろう」
「黙れ‼ ここの林を大火事にして、貴様ら全員を丸焼きにしてやるわ‼ 死ねぇぇぇい‼」
馬超は、完全に逆上している。周辺の木々を猛火に包めば自分も焼死してしまうことを考慮していない。「フハハハハ‼ 燃えろ、燃えろ‼ 何もかも燃えてしまえ‼」と哄笑しながら黒い火の玉を地上に降らしまくった。
この蛮行に司馬懿は慌てふためき、「こ、公子様! さっさと馬超を倒してくだされ!」と曹丕に怒鳴った。
「これはさすがに危険が危ないですぞ! 俺は焼き鳥は大好きですが、自分が焼けるのは嫌です! 何とかしてください!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。お前は龐徳の後ろに隠れていろ。……さてと。少し敵を刺激し過ぎたようだし、ちゃっちゃっとけりをつけるとするか」
<泰山環について>
泰山環は、曹丕著『列異伝』に実際に登場する剣です。物語内で語られている通り、神仙の王方平(後漢の桓帝の
小説オリジナルの設定(剣が伸びるとか)が加えられていますが、『列異伝』の説話内において語られている泰山環の特徴は以下の通りです。
・長さは五尺三寸。
・寝ている時の魔除けになり、戦場でも負傷しない。
・便所で剣を汚すのはNG
・ずっと所有しているのはダメで、三年経ったら欲しがる者に剣を譲らねばならない。
この「便所で剣を汚すのはNG」というルールが面白かったので、泰山環を潔癖症の霊剣という設定にしました(*^^*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます