宣戦布告
路地を滅茶苦茶に駆け回り、ひたすら逃げに逃げた。
日の出の時刻が迫っていることを告げる
曹丕たちはいま、洛陽城外の
東陽門(洛陽の東側にある門)でいったん追い詰められたが、門兵たちを叩き起こして城門を開けさせ、洛陽城の外に脱出したのである。異形の巨人となった馬超も、怯える門兵たち十数人を丸太のように太い腕で殴り飛ばすと、執拗な追跡を続けていた。
「あっ……。ま、まずい!
「馮貴人の陵墓だと? そうか、このあたりであったか。お前が三か月ほど前に修復した陵墓というのは。ずいぶんと荒れていたらしいな」
「えっ。なぜそのことを……」
「フム。ならば、ちょうどいい。運が良ければ、鍾繇の問題と馬超の反乱を今夜中にまとめて解決できそうだ。夜の追いかけっこはこれにて終了としよう」
そう呟くと、曹丕は手綱を引いて馬を急停止させた。鍾繇と
司馬懿は、相変わらず凄まじい光を放っている霊剣
「その剣、何やら凄いことになっていませんか? 知らぬ間に剣身が伸びているし……」
と、問うた。
しかし、曹丕はそれには答えず、「仲達よ。気絶している
「小燕にまた何かやらせる気ですか? 念のため言っておきますが、こいつは化け物退治の戦力にはなりませんからね」
「そんなことは百も承知している。小燕に命じるのは簡単な伝言だ。この先の陵墓の中にいる
「えっ。その女人というのは、もしかして……」
「何でもいいから急げ。俺はいまから馬超と戦う」
「は、はい」
一方的に指示を下すと、曹丕は馬からひらりと飛び降りた。そして、凄まじい
「バカ馬超、止まれ。もう走らなくていいぞ。夜が明けるまで逃げ切っても俺の勝ちなのだが、お前はムカつくから特別にここで折檻してやる」
「ぬあはははは‼ 馬鹿は貴様のほうだ、曹丕‼ 幾千幾万の悪鬼の呪いに打ち勝ち、最強の肉体を手に入れたこの
「ハハッ! 何が錦馬超だ。いまのお前のどこに、
「俺が怪物だと……? く……くくくくっ。少し見た目が醜くなったことは認めるが、それがどうした‼ 戦士は強くさえあればいいのだ‼ 圧倒的暴力で他を捻じ伏せ、敗者から命と財、食を奪い尽くす‼ それが天下無双の道‼ 己の大事な物を誰にも奪わせないための唯一の正解だ‼」
「などと言いつつ、お前は実の弟と忠義の臣をぶっ殺そうとしたのだからな。何が『大事な物を奪わせない』だ。自分にとって何が大事で、何を守らねばならないのか分からなくなっている馬鹿のくせに。
曹丕は小馬鹿にしたような微笑を浮かべ、人差し指でクイクイと手招きする。その
「ゴオオオォォォーーーッ‼」
巨山が崩れ落ちたかのごとき
「ひ、ひええ~! いったい何が起きているんですかぁ~⁉」
起こされた直後だった小燕が、司馬懿に抱きつき、パニックに陥りかける。
司馬懿は、幽鬼少女の頭を撫でてやりながら、「お前はここにいなくていい。早くこの林道を抜け出せ」と命じた。
「いいか。さっき伝えた公子様の言葉を、陵墓の中にいる婦人に告げるのだ」
「で、でも、こんな危険な場所に旦那様を置いては……」
「公子様が、何とかすると余裕かまして言っているんだから、きっと何とかしてくれるだろう。いまは公子様を信じるしかない。俺のことは心配しないで、お前にできることをやってくれ」
「わ……分かりました。旦那様と曹丕様のために頑張ります!」
小燕は素直な少女である。大きく
「いよいよ、ここで決戦でござるか」
気負い込んだ龐徳が、曹丕に加勢するべく、前に進み出ようとする。
だが、曹丕はそれを制止した。
「龐徳。お前は、俺とバカ馬超の戦いに巻き込まれないように、皆を守るのだ」
「いえ、拙者も一緒に戦います。
「逆だ、逆、逆。人間だった頃の馬超を相手にしたら俺は歯が立たなかっただろうが、いまのあいつは実にやりやすい。余計な加勢があったら邪魔になるだけだ。言われた通りにしろ」
「さ、されど……。あっ! 曹丕様!」
龐徳が
慌てて龐徳は追いかけようとするが、鍾繇が彼の手をつかんで止めた。
「龐徳殿。あの御方は、乱世の英傑、曹操様のご子息じゃ。勝算の無い戦をするような愚者ではない。必ず勝てるという確信があるからこそ、勝負に出られたのだ。ここは子桓様に従ってくれ」
「し……承知しました……」
龐徳はそう言ったが、なおも心配そうに若き公子の背中を
曹丕と馬超。いままさに激突せんとする二人は、互いに余裕と傲岸が入り交ざった微笑を浮かべていた。どちらも、己の勝利を露ほども疑っていない。
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