三章 魔性の愛撫
蜀滅亡AD263
三国志には、死後に神となった武将がいる。
中国の歴代皇帝は、彼の忠義と武勇に惚れこみ、関羽推しが多かった。関羽の出身地である山西省の塩商人たちも、地元の英雄を敬い、各地に
……しかし、実は関羽以外にも、神になった三国志武将がいた。その名を
この鍾会、魏の名臣
そんな鍾会が死後にどんな神様になったかといえば――神は神でも、
『
天帝は
生前胡散臭かった武将は、死後も怪しげな神になってしまったわけである。
* * *
西暦二六三年の冬。
胡散臭いことに定評のある鍾会は、蜀の都の成都めざして進軍していた。
すでに、間道を伝って先行していた
(しかし、面白くないなぁ。司馬氏が権勢を振るう魏王朝がこのまま天下を統一してしまうのは、どうにも面白くない)
そんなことを考えつつ、馬上で鍾会は
――鄧艾将軍は独断行動が多く、反逆の兆しがあります。彼が戦況を記した報告書を一緒に送りますので、ぜひご覧ください。めちゃくちゃ調子に乗っていて、
という告発文だった。
鍾会は、天下に名高い書家、鍾繇の息子なので、他人の筆跡を真似て手紙を偽造することが得意である。鄧艾の筆跡を模した偽の報告文を自ら作り、告発文と一緒に司馬昭へ送り届ける気だった。
蜀の皇帝
「鍾会将軍。地元の民の話によると、どうやらこのあたりのようです」
配下の武将が周囲の景色を見回しながらそう言うと、鍾会は筆を動かしつつ「何がだね」と問う。
しかし、察しが早いこの男は、配下が何を言っているのかすぐに分かったようだ。
ああ、なるほど……と呟き、顔を上げた。
「このあたりに、
そう言うと軽やかに馬から下り、「きっとあれだ」と東の丘を指差す。その指し示す先には、小さな墳墓がある。近づいて墓碑を見ると、
白馬将軍 龐徳
と、墓の主の名が刻まれていた。荒々しく雄大な筆跡からして、龐徳の元主君、
龐徳、
元は
魏の国では、関羽と戦って壮絶な死を遂げた龐徳に「
「元は馬超の配下であったとはいえ、こうして敵国で墓を作ってもらえるとは、龐徳将軍が名将であった証だ。武将たるもの、かくのごとき名声を世に残したいものよ」
翌年には魏に反逆して殺され、賊徒の汚名を残す運命にある鍾会は、墓碑を撫でつつ微笑む。笑うと、左の目尻にある泣き
鍾会の生母、
彼女は、この世の人とは思えぬほど妖艶な
「まこと、ささやかながらも立派な墓だ。……とはいえ、しょせんは偽の墓。遺体は掘り起こして、龐徳将軍の遺族が祀っている本物の墓に改葬しよう。
鍾会がそう命じると、配下の兵たちは、馬超が龐徳のために作った墓をあっという間に破壊し、地下に眠っていた
「ややっ。鍾会将軍、ご覧ください。龐徳将軍はまだ生きています」
配下の武将が、棺の
何を寝ぼけたことを言っているのだ、と思いつつ、鍾会は棺をのぞき込んだ。
「ふむ……なるほど。たしかに、まるで生きているかのごとき顔色じゃ。体も全く腐っていない。だが、息はしておらぬゆえ、間違いなく死んでいるな」
「いまにも
祟られると恐いと思ったのか、配下の武将も棺から離れようとする。
しかし、鍾会がその手をつかみ、「ビビっていないで、さっさと運べ。お前が、
「さ……されど……」
「文帝が著した『
「そ、そんな馬鹿な。大問題ですよ。将軍はよく冷静でいられますね。恐くないのですか?」
配下の武将が眉をひそめ、上司を
鍾会はニタニタと胡散臭そうに笑い、「まあ、私は慣れているからな」と言った。
「『列異伝』執筆のために
ふと何かを思い出したらしい鍾会は、
「龐徳将軍。私が生まれるずっと以前、貴殿も我が父を救ってくださったことがあるとか。父は、その一件についてはあまり詳しく教えてくれませんでしたが……。ただ、『文帝と龐徳殿、あとついでに司馬懿殿がいなければ、そなたは恐らくこの世に生まれてはこなかっただろう』と聞かされています。事情はよく知りませんが、いちおう礼を言っておきましょう」
そう
その直後。小さな丘一帯に、一陣の風が吹き起こった。
――礼には及ばぬが……。拙者が尊敬する鍾繇殿の子息が、悪名を残して死ぬのは忍びない。胸に秘めた反逆の心をどうか打ち消してくれ。
内心ギクリとした鍾会は、顔を硬直させながら振り向き、眠れる龐徳を凝視する。
「将軍……いかがなさいましたか?」
配下の武将が心配してたずねると、鍾会はすぐに取り
「ちょっと空耳が聞こえただけさ」
……龐徳の遺体が鄴に到着したちょうど同じ頃、鍾会は蜀の将軍
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