後編
「さっきから、ちょっと様子がおかしかったから見てたらさ。
脚、とんでもないことになってんじゃねぇか。大丈夫かよ……」
「あ、いや、あの、えぇと……」
足を挟んでラーメンが味わえなくて人知れず泣いていたら若手男性社員に声をかけられちゃいました。どこのな〇うタイトルだ。
職場以外では、というか職場でも引きこもりがちだから、こういう時にろくな言葉が出てこない。
勿論、男性の顔もろくに見られない。イケメンだったらいいな。いや逆に緊張するからイケメンじゃない方がいいか。
それでも彼は、心底心配そうに声をかけてくれたし、それに──
隣の女性社員に、面と向かって言ってくれた。
「ちょっと、席動かすけど、いいか?
彼女、脚挟んじまったみたいだから」
「えぇっ!? ご、ごめんなさい!!」
女子社員はすぐに席から立ってくれた。
思いきり腰で椅子を下げると、テーブルも大きく揺れたが──
ようやく、脚が強烈な圧力から解放された。
……あぁ。死ぬかと思った。
しかも彼女はすごく申し訳なさそうに、頭を下げてくれた。
「ごめんなさいね、全然気づかなくて……
立てますか? 医務室行きましょうか?」
「い、いや……多分、そこまでじゃ……」
うわぁ、滅茶苦茶親切な人だった。
ごめんなさいは私の方です。貴方、プリンまだ食べ終わってないじゃないですか。
幸い、脚はちょっと痣がついたぐらいで済んだし、普通に動く。
ほっとしたように私を見ながら、男性社員が笑った。
「大事にならなくて良かったぜ。
ここのカウンターテーブル、感染対策で急いで追加されたモンだからさ。
マジ、作りがヤワなんだよ。
この前俺の相方もさ、全く同じように脚挟んじまって。他人事と思えなかった」
「そ、そうなんですか?」
ようやくまともに言葉を発する私。
そこで初めて、男性社員の顔をちょっと振り返ってみたが──
イケメンでもないが、そこまでブサイクというわけでもない。一言でいえば、モブ。
まるで印象に残らない、普通の顔立ちに容姿だった。口調だけは若干ぶっきらぼうなのが気になったけど。
それを受けて、女子社員も考え込んでいた。
うぅ、邪魔してごめんなさい。脳内罵倒してごめんなさい。
お願いですから、プリン最後まで食べてください……
「この件、ちょっと上と相談した方がいいかも知れませんね。
似たような事故、ちょいちょいあるみたいですし。
この前はこの椅子で、転倒寸前になったという話も聞きましたよ」
あぁ、やばい。思ったとおりだ。
この人やっぱり、リーダーの器だぁ!
「あ。ラーメン、かなり残ってますよ?
今日のラーメン美味しそうだし、のびちゃったら大損です。
ちゃんと食べて、午後も頑張ってくださいね!」
そう言いながら彼女は、プリンの残りを呑み込むようにして平らげると。
爽やかな笑みを残して、朗らかに去ってしまった。お詫びのしるしにと、のど飴までくれた。
その背中を見ながら、男性社員も微笑む。
「……とりあえず、さ。
今度似たようなことがあったら、遠慮せず言えよ?
派遣だろうが何だろうが、会社の落ち度を指摘する権利は、しっかりあるんだから」
モブ顔のはずなのに、やたら爽やかな言葉を残して。
その男性社員も、風の如く立ち去っていった。
去り際、ミントのような香りがほのかに漂ったと思ったのは、気のせいだったろうか。
幸い、ラーメンは殆どのびておらず。
私はその後、存分にからあげとラーメンのこってり感を楽しむことが出来た。
──でも。
仕事場に戻りながら、ふと思い出すのは、あの男性社員のこと。
──あんな彼氏がいたら、きっと幸せなんだろうな。
たとえ、顔がモブだろうと。
相方って言ってたっけ。もしかして、その人が──
私はため息をつきながら、いつもの入力作業を始める。
不満や文句を山ほど抱えながら、それでも続けている仕事。
その不平を、ぶつけるべき相手にろくにぶつけないまま、のらくら続けている仕事。
そんな消極的な生き方を変えない限り、ずっと派遣から脱出できないことも、素敵な彼氏が出来るはずもないことも、何となく分かる。
──うん。
ちょっとぐらいは、変えていかなきゃ。
ちょうどその時入力画面に現れたのは、ちょっと不可解なデータ。
いつもだったら、分からなくても無視していた数値。
派遣なんだからそこまで考えなくてもいいと言われ、それ以降、ろくにしていなかった質問。
だけど──
今日ぐらいは、ちゃんと、聞いていこう。
そう思って、私は思い切って、そばにいた先輩に声をかけた。
「すみません、先輩。
ここのデータなんですけど──」
Fin
社食のカウンターテーブルで思いきり足を挟んで色々頑張りましたがドツボに嵌って動かせなくなりましたタスケテ!!! kayako @kayako001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます