第四十五夜『月のエチュード』

「あなた様、帰って参りました。決して世界一周してきたとか、そういう事はございません。いいですね?」



「こうして語るのも懐かしいですね。四十五夜は私が読んだものにしましょう。では」



『月のエチュード』


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 ある日の昼間ことだった。急に胸が苦しくなった。それはとんでもなく苦しくて冷や汗もダラダラと流れた。ぼくの異変に気づいたエミリが大人を読んでくれて、ぼくは病院に行った。そこくらいまでだろうか。とりあえずエミリの声は覚えている。そこからの記憶はほぼ無い。

 病院に行ったのだから、そりゃあ目覚めたら天井が迎えてくれた。看護婦さんが辛いことはないかとか、後で先生からのおはなしがあるとか色々と優しくしてくれた。エミリも特になにをしゃべる訳でもなく、横に居てくれた。窓を開けると、大きな満月が見えた。きれいだった。あのときエミリにカレンダーの月の満ち欠け表を見せてもらって自分が丸一日眠っていたことに気づけた。彼女には感謝している。


 一日だけ書いておくのを忘れたらしい。看護婦さんが持っていた新聞で思い出した。どうやらこの街に有名な劇団がやってくるそうだ。名前はなんて言ったか忘れた。病院の子供たちも元気になった子は数人なら連れて行けるらしい。もっとも僕は興味がない。日記を書くことも忘れ、劇団の名前も忘れ、入院しているせいだろうか。寝よう。

 今日はエミリが来てくれた。病院のベッドにいるぼくに外の出来事を教えてくれた。友達と遊んだとか、きれいな石を見つけたとか他人からしたらどうでもいい話。それがなんだか心地よかった。なんでかわからないけど多分エミリだからだろう。

 今日はやけに子供たちが賑やかだった。看護婦さんも大変だろうなと思った。気になったから夕御飯が出てきたときに聞いてみたら、公演に連れていく子達が決まったからみんなの前で発表したらしい。エミリは何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど、別に関係ないらしい。台本を覚えるのも大変だし劇は嫌いだ。


 今日はまたまた賑やかだった。夕方くらいだったかな。ついに劇団がやってきたらしい。有名な劇団だから子供たちも嬉しいのかな。この太陽の劇団の座長は座員と夫婦らしい。新聞の写真だと陽気で優しそうであたたかいものを感じる。だけどその下に嫌悪感と冷たさを感じた。結果として嫌いな夫婦みたいだ。エミリとせっかくの満月の日に気分が悪い。


 

 他人の日記に落書きしてもいいかしら。結局あなたのご両親は来なかった。その様子だと来ない方が良かったみたい。何もかも忘れてるみたいだね。お医者さんの話とか、どうだったの?一ヶ月だけの台本のない人生は。親に締め付けられることも覚えないといけないこともないでしょう?


馬鹿ね。

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「お噺はここまで」

「というかこれ以降無いんです。久しぶりですからこんなものもいいでしょう?どうせ引き取っても貰えなかったなら、どうせ著作権もすでにないなら、このような形で」

「あなた様が望むなら語ります。紡ぎます」


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星の数ほどある夜に 伽灯ショコラ @yuuri8313

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