第四十四夜『貧しい聖人の噺』

「ときにあなた様。いわゆる乳幼児取り違え事件はご存知でしょうか?」


「ひと昔前はたくさんの物語がつくられたものです。そしてまた、我々も同じようなものがあります。第四十四夜」


『貧しい聖人の噺』

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 むかしむかしあるところに二人の女性がおりました。そのうちの一人は由緒正しい家柄の貴族の女。もう一方は毎日食べ物はなく、生きることに精一杯の貧民街の女でした。その日は二人とも激しい痛みに襲われていました。


「痛い。産まれてしまう。馬車にのせなさい。忌々しいこの痛みをとれる産婆のもとへ」


「痛い。痛いよ。どうにかしてすぐに産婆さんのところへ行かなきゃ。お腹の赤ん坊にもしものことがあったら」


二人とも新しい命を育もうと必死でした。

 この地域の風習のひとつに産院をつくらないというものがありました。それなら妊婦たちはどうするのでしょう?未来ある子供、しかも愛しい自分の子をどうしたら良いのでしょう?簡単です。彼女たちのように産婆を探せば良いのです。この地域には産婆の園という施設があり、産婆たちが数十名集まって、昔ながらの方法で赤ん坊を取り上げるのです。彼女たちが速く速く、それでいて慎重に産婆の園へ着いたその日も多くの妊婦がおりました。

 貴族も貧民も関係なく産婆たちは子を産む女性に真剣に向き合いました。


「ほら、力いれなさい。吸って吸って吐くんだよ。もう少しだ。頭見えてきた」


貴族の女も貧しい女も我が子を産むことが出来ました。赤ん坊の健康を見るためと言って、産婆たちは赤ん坊を奥の部屋に連れていきました。


「おまたせ。お前さんの子は元気そうだよ。でもお前さんの子は将来苦労するだろうねぇ。ろくなもんじゃない。屑さ」


「おまたせ。名家ソーンの世継ぎは元気そうだよ。名家にふさわしい顔立ちに優しく、凛々しいお顔をしているねぇ。まるで聖人のよう」


そう言われて、二人の母親は赤の他人を育てることになるのでした。

 それから二十年余りがたった頃。貧民街にはライトという青年が、貴族の家にはソーン・カイゼルという青年がおりました。ライトは幼い頃から母親が一生懸命育ててくれたことをわかっています。貧しく、苦しいことがあったからこそ優しくあろうという聖人のような子でした。一方カイゼルは家庭教師を余多つけられ、成績の良い青年でした。ただ、周囲の者が媚びへつらうため、彼自身が人を見下すようになりました。人々はカイゼルのことをソーン家の屑と呼んでいます。

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「お噺はここまで」

「屑ですか……葛餅でも買ってきてください。最悪わたしが買ってきます……」

「また語りましょう。紡ぎましょう」

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