少女と魔法使い
この道の終わりは
この旅の終わりでもあり
新たな旅のはじまりでもある
背負ってきた荷を下ろしたつもりだったが
かえって増えてしまったようである
――
川のせせらぎとともに、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。ぐねぐねと曲がった道のすぐ近くを小さな川が流れていた。
透明な水。光を反射して、銀色に輝く。白い石。灰色の石。黒い石。いろんな色の、形の石が転がっていた。
旅人が川を眺めながら歩いていると、子どもたちのうち、ひとりが近づいてきた。
「こんにちは、旅人さん」
元気で明るい声の少女。
「こんにちは」
旅人も帽子を取ってあいさつした。旅人はそのまま歩いていこうとしたが、少女は隣にやってきて、旅人と一緒に歩く。
「みんなと一緒に遊ばなくていいのかい?」
「どうして、旅人さんは旅をしているの?」
旅人は頭をかいた。子どもの相手は得意でない。
「自分のことを話すのは苦手だなあ」
「ねえ、ねえ、どうして? 教えてよ」
少女はきらきらと目を輝かせる。旅人はため息を吐いた。
「代わりに昔話をしてあげよう」
「昔話? わたし、昔話も好きよ」
少女は飛び跳ねて喜んだ。
「昔むかし、あるところに、魔法使いがいました。国のみんなが尊敬するような偉大な魔法使いでした」
少女は拍手する。
「どうして、魔法使いは偉大なの?」
旅人はにこりと笑って話をつづけた。
「魔法使いは、かつて邪悪な竜と戦い、人々を救った英雄だったのです。だから、みんな魔法使いのことを尊敬していたのです。邪悪な竜を倒したあとも、魔法使いは人々とともに暮らし、人々のために魔法を使いました。
けれども、時が経つとともに、人々は魔法使いのことを尊敬しなくなりました。みんな、魔法使いの偉業を忘れてしまったのです。それどころか、いつまで経っても年を取らない魔法使いを恐れるようになりました。
そして、いつしか、人々は魔法使いに汚い言葉を浴びせ、石を投げつけるようになり、とうとう、街から追い出してしまいました」
「魔法使いさん、かわいそう」
少女は泣きそうな声を出した。旅人は手のひらで包み込むように、少女の頭を撫でた。
「魔法使いは悲しくなり、それから、怒りました。人々がこのことを二度と忘れられないようにと、魔法使いは呪文を唱え、街のすべてを黒く塗りつぶしてしまいました。地面も、壁も、塀も、屋根も、お城も、城壁も、空も、みんな、真っ黒になってしまいました。
人々は嘆き、悲しみました。なにをしても黒くて、不幸な気持ちなのです。魔法使いに謝りましたが、魔法使いはすでにどこかへ行ってしまったあとです。人々は反省しながら、いまも魔法使いの帰りを待っています」
「これで、終わりなの?」
「そうだよ。これで終わり。昔話がいつも幸福とは限らない」
「魔法使いさんも、みんなも、かわいそう」
少女は手を目に当てて、泣き出した。旅人は慌ててしゃがみ込んだ。少女の目を見て、優しく語りかける。
「でもね、きっと、魔法使いは帰ってくるよ。魔法使いもやりすぎたって、反省しているかね」
「みんな、幸せになれる? 黒色のままじゃ、嫌だよ」
「ああ、幸せになれるとも。地面も、壁も、塀も、屋根も、お城も、城壁も、空も、元の色に戻して、人々と魔法使いは仲直り」
よかったあ、と少女の顔に笑顔が戻った。旅人は立ち上がる。そのとき、少女が旅人の手を掴む。熱くて柔らかい手。懐かしい感触が旅人を捉えた。
「もしかして、その魔法使いさんて、旅人さんなの?」
旅人は頬をかく。
「違うよ。たんなる昔話さ」
「ふーん」
旅人の顔を見つめたあと、少女はまた飛び跳ねる。
「ねえねえ、どうして旅人さんは旅をしているの?」
旅人の周りを跳ねながら、少女は旅人に尋ねる。旅人が黙っていても、少女は繰り返した。
「困ったな」
旅人は心の中で、呪文を唱えた。少女の好奇心で赤く染まった心を穏やかな黄色に塗り変えた。
少女はぴたりと飛び跳ねるをやめた。それから、首を傾げた。
「教えてくれないなら、みんなと遊んでくる」
川のほうへと走っていった。
「じゃあねえ」
途中で振り返り、少女が手を振る。旅人も手を振り返した。
少女は子どもたちの輪に交ざっていった。もう、旅人にはさっきの少女がどこにいるのか、わからない。
旅人はぐねぐねと曲がった道へ向かった。
いつ終わるか、決めていない旅。なにもかも、忘れるために旅に出た。記憶を真っ白に塗り変えてしまえば、すぐさま忘れることもできただろう。でも、旅人は旅に出ることを選んだ。忘れられないことが、増えてしまった。
旅人は太陽に目をやる。なにもかもが光って見えた。
故郷の風景が頭をよぎった。
色と旅人 Lugh @Lughtio
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