第3話

まいごのまいごの子ネコちゃん

あなたのおウチはどこですか

おうちをきいてもわからない

なまえをきいてもわからない

にゃんにゃんにゃにゃーん

にゃんにゃんにゃにゃーん

泣いてばかりいる子ネコちゃん

うるせ


「また出たらしいよ」

「怖いよねーこれで何件目?」

「可哀想だよね」

「警察も何やってんのかね」


 最近、この辺りで嫌な事件が頻発していた。猫が何者かに殺害されるってやつ。はじめは事故と思われてたんだけど、ここ何件かは明らかに人が手にかけた形跡があったらしい。警察も動いててパトカーをよく見かける。不気味だし怖いし、何より許せない。私、依共ミナトは猫アレルギーだけどそれとこれとは別だ。触れたくても触れれない。それだけに感じるいとおしさがある。バカな犯人にはさっさと捕まって罰を受けてほしいけど私が騒いだぐらいではどうしようもなかった。

「現場に行ってみますか」

 突拍子もないこの子は将門ハチコ。私の友達だ。この子、じつは霊が視える。その力は凄まじく、私もハチコの近くにいる時は視えちゃう。霊って視えるだけなら意外と害はない。お互いに干渉し合わないことでお互いが平和でいられるってわけ。ハチコならたぶん猫たちの無念とか視えちゃうんだろうな。現場? いやもうほんと勘弁してください。霊も怖いが、もしもだよ、犯人に出会したらどうすんの? 

「というわけでこの辺りですね。ネコちゃんが亡くなってたのは」

「ねえ、あの黒っぽいモヤモヤって」

「うーん、わたくしの経験からすると、怨霊です」

「怨霊です♪じゃないのよッ。ヤベェって、ヤベェってーーーーッ刺激しちゃダメよダメダメ」

「ネコちゃーーん」

「莫迦ーーーーッ」

オオオォオオンンンッ!!

「サーベルッタィガーーーーーッ」

「護符ーーーーッ」

ミャアミャア

「凄ーーーーッ たのもCーーーーッ」

「痛かったですねごめんなさいネコちゃん。事の経緯、教えてくれますか?」

「乳揉ましてもろて。話はそれからや」

「は?」

「せやからッ乳ッ揉ませてッもろてもろてッ」

「ハチコ、急に関西弁」

「わたくしじゃありません」

「わいニャア ニチア」

「ハチコ、弔おう。レクイエム。歌詞。検索」

「待て待て待て待てマテマティックス! 嬢ちゃんら真相知りとうないんかい!」

「だからといってなんでアンタにオッパイ触らせなきゃなんないのよ! あー鼻痒! 概念的でも反応するー!」

「別にお前には頼んでへんわい! ないもん触って更にエグってしもたらこっちが祟られるッ」

「おーおーもっぺん言ってみろや変態キャッツ! 護符で包むぞおおん!?」

「ミャアミャアたちけてたちけて怖いスケガキからワイを守ってオッパイちゃん」

「わたくし、将門平子と申します。オッパイちゃんではありません」

 ハチコの指先からは稲光が迸りエロ猫は縦や横やとギュインギュイン伸びたり縮んだりして全身でのたうった。流石に仕置きが過ぎるのではと思ったがエロ猫は不機嫌そうに押し黙ってしまう。


「じゃあお名前だけでも教えてくださいませんか」

「知らん」

「拗ねるなよ。だいたい悔しくねえの? 辛い目に遭って、死後もこうしてへばりついてるってことはそれなりに恨みとかあるんじゃん?」

「お前に何がわかんねん。いねボケ」

「ネコちゃん」

「やめて! ピカピカはもうやめて!」

「じゃあ話せって」

「お前ら人間はどいつもこいつもおんなじや。暴力で弱いもんおさえつけて、思い通りにさせたがる。お前もお前もあの悪魔とおんなじ。誰が信用なんかするか。早よこのチンプンカンプンな縄ほどかんかい! ワイにはやらなあかんことがあんねん!」

「やらないといけないことって? 手伝うよ」

「黙れ! とにかく人間の施しは受けへん!」



 すっかり夜だった。ネコ霊は暴れないようにハチコの術式でおとなしくさせてる。ただ確かにアイツの言うように力づくで言い聞かせようて私たちの態度は犯人にされた仕打ちと同じなのかもしれない。気持ちの上では違うつもりなのに。そんなことを考えながら夜道を歩いた。


「キミ? こんな夜遅くに何してるの?」

 ヤバ、警察。

「あ、えー、あ友達の家から自宅に帰るとこで」

「未成年? だよね? どこの学校?」

「も、黙秘します!」

「あのねえ、最近この辺で妙な輩がうろついてるの。キミも知ってるでしょ? 今はまだネコだけだけれどキミみたいな若い子を襲わないって保証なんてないんだよ」

「すみません。すぐ帰るんで」

「近くまで送ろうか? 何かあってからじゃ」

「や、大丈夫大丈夫でーす。あっしはこれで! ではではおやすみなさーい」

「ちょっとキミ!」


ホーォ、ホーォ


「ってなことがあってさあ」

「ミナピィ、確かにおまわりさんの言うとおりです。危ないですよ。次に遅くなった時は霊に付き添ってもらいます」

「それは遠慮しとく。で、あの後なんかわかった?」

「それがもうなんにも口聞いてくれなくて。でも」

「でも?」

「焦っているようでした。いち早くこの場を逃れたいといったようなそんな」

「なるほど、いっちょ泳がせてみますか」

「泳がせる?」

「そうそう」

「おーい、依共。今、授業中。ドゥユノウ? あとで職員室な」


 二人してありがたき説教部屋行きとなったけれど収穫もあった。同じく居眠りか何かで呼び出しをくらっていた隣のクラスの男子。手に包帯を巻いていた。私の直感はキュピピィンと働く。怪しい。ハチコにそのことを話して私たちはその男子をつけることにした。これがドンピシャ。そいつは私たちがネコ霊と遭遇した場所、つまり現場に足を運んで止めた。しばらく道端に突っ立ってブツブツ何かを言ってる。ここからじゃ聞こえない。

「めちゃくちゃ怪しいよハチコ」

「うーん、まだこれだけでは」

「いやもうほぼキマリよ! 呼ぶ!? 一一〇番?! いっちゃう? あーー緊張してきたーー」

「おい」

「はい?」

「何デケェ声で喋ってんの? 俺んことつけてたでしょ」

 ちょちょちょちょっと男子ぃぃぃぃイッッ

「つけてません」

「殺すぞ」

「さいならーーーーーッ行くよハチコ!」

「ちょっとミナピィ!」

「決まり決まり決まり決まり決まり決まりぃぃぃぃ!」


ポッポー、ポッポー


「こいつ知ってるでしょ」

 エロ猫は明らかに動揺していた。ビンゴやで。

「知らん」

「しらばっくれてもアンタのためになんないよ」

「知らん言うとるやろドブス!」

「あっそ。せっかく手伝ってやろうと思ったのに。もういいわ。ハチコ、逃がそ」

「え、いいんですか?」

「べつに私らに義理はないし。善意で協力したげたのに聞き分けないんじゃ時間の無駄よ」

「じゃ、じゃあ解きますね」

 縛りを解くとネコ霊は目にも止まらぬ速さで消え去った。

「行くよハチコ」

「うまくいきますかね」


 私たちは再び現場に戻った。いる。猫だ。でもあれって。

「あのネコちゃんと違いますね。ていうか生きてる」

 その時、向こうから自転車が走ってくる。私の推理が正しければ! そいつは!

「おまわりさん、ですね」

「え?」

「まったく野良猫。夜道は危ないってのに」

 警官は野良猫を拾い上げる。

「まいごのまいごの子ネコちゃんあなたのおウチはどこですか おうちをきいてもわからない なまえをきいてもわからない にゃんにゃんにゃにゃーん にゃんにゃんにゃにゃーん泣いてばかりいる子ネコちゃん」

 ミャアミャア

「あーー、うるせーなー」

 私の心臓は過去最高の速度で鼓動している。ウソ、なんで。

「はなせ」

「ああん?」

「はなせ言うとるんじゃボゲガアアアアア!!gruuuuooouuuggg!!!」

「なっ!」

「まずいですよミナピィ! 助けます!」

「助けるって」

「おまわりさん喰い殺されちゃいます!」

「だってアイツが……自業自得……」

「何言ってるんですか! 今はもう! クッ、行きます!」

「殺シテヤルーーッ死ニサラセヤーーッ!!」

「ダメ、ハチコッ!!」

 ハチコの胸元を怨霊が切り裂いた。視える。どす黒い何かがハチコのからだになだれ込む。


 "死してなお願う復讐の魂 引き受けた 怨"


 何? ハチコの髪が逆立つ。人とは思えぬ速さで警官の首を掴むと街路樹に叩きつけた。やめて。ハチコ。違う。そうじゃない。猛撃は止まらない。違う違う。ハチコ。やめて。

「痛いか?」

「タスケ、テ」

「ワイかてなんべんも言うた。せやかてなんも聞きおらんかったやろ! ハアアアア!」

「痛ッッ……もうやめよ ね?」

「邪魔スルナアアア! 放セェエエ!」

「止めろポンチ!」

 しがみついた腕ごと持ってかれそうだったのが急に弱まる。もう一人が加勢してハチコの腕を引き留める。

「あんたあん時の男子!」

「俺、面倒見てたんだ。でも家じゃ飼えなくて。俺が連れて帰ってたらポンチは」

「泣き言はいいから! ポンチを救えんのはアンタだけよ! ヒント! なんかないの!」

「え、こんな状況で、ポンチはオッパイが好き! っぽい」

「ええい! 触れやーーーーッ!」

 私はハチコの手を目一杯引いて自分の胸に押し当てた。


ムニッ


 辺りはまるで真昼の如く輝きを放ち全てを包み込んだ。光の中で私と男子はへたり込んだ。ハチコが横たわっている。咄嗟に駆け寄って呼びかけた。ハチコーーーッ! 起きて。私の頰を伝って雫が一滴、ハチコの頰を濡らす。

「ミナピィ、ただいまです。痛ーーッ」

「ハチゴぉ、良がだーーーアーーンああーーン」

「ミナピィ、亡者みたいです」

「バガァバガバガバガバガッ」


「ごめんなポンチ。ごめん……ごめん」

ミャア


 光の猫は最早未練などないと言わんばかりに少年の顔をペロッと舐めるとやがて粒となって夜に溶けていった。




 あれから、例のおまわりは逮捕された。私とハチコと男子の必死の訴えに最初は渋っていた警察も動いてくれて家宅捜索の末、犯行時の写真が決定的な証拠となった。


 私とハチコと男子は学校近くのお寺の住職に事情を話してポンチや被害にあった他の猫達の現場をお祓いしてまわってもらった。それでもやるせなさは残る。もう一歩で死にかけたわけだし、ポンチが言ってた人間なんてみんな一緒って言葉はずっと胸に突っかかってた。

「ポンチが救われたのかはわからない。でも最後はなんだか優しい気持ちになれたんじゃないかってそう感じたんだ。思い過ごしかもしれないし身勝手だけど、俺はそうだと思いたい。何にしてもお前らのおかげだよ」

「ごめんね。疑って」

「いいよ。コッチも突っかかって悪かった。これからは少しでもポンチみたいな可哀想な目にあう野良が出ないように何かやってけたらなって思う。ま、何していいかわかんないけどな」

「お気持ちが大事なんじゃないでしょうか。魂とは想いの通ずる場所ですから」

「じゃあまたな」


「行っちゃいましたね。ミナピィ、これから我が家でお茶でもいかがです?」

「そだね。なんか疲れちゃった。いただきにあがります」

「そうだ。新しいお友達ができました」

「新しい友達?」

「ハイッ! えーと、お名前は確か」

「こんにちは。余はツタンカーメン。よろしくファラオ」

 ミイラが目の前、まるでキスする距離感で立っていた。視界が真っ白になる。白目をむいたから。

「ちょ! ミナピィ!」


 前略、わたくし将門平子は元気です。友達一〇〇人出来るかなをモットーに頑張ってきましたが、今ではとても大切な一人がすぐそばにいてくれます。ティラ吉もすっかり懐いちゃって。

「おーいハチコッ! こいつのヨダレなんとかしろーーッ! クッセーーヤダーーーーーッ嗅覚にまで霊障きてるーーッ!」

 

 わたくしのことが視えるのはミナピィだけなんです。これからもよろしくね。

 



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ミナピィは視える! 川谷パルテノン @pefnk

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