再会
美空の確執をなんとかしたい。
そう思った誠二であったが、すぐには美空に対する行動を起こすことをしなかった。彼女の近辺調査をするにも、自分の宙ぶらりんな状況を解決もせずにそれをするわけにもいかなかったのだ。
まずは、転職先をさっさと見つけなければ。
そう思い、転職活動に邁進する日々を送った。
しかし、元々コミュニケーション能力に不安を抱えていた誠二の不安は的中した。転職活動を始めた当初は、まるで快晴の中を進む航海のように穏やかな波に乗れていた。しかし、面接が始まると途端に風向きが変わったのだ。
荒れ狂う大海原を航海し座礁してしまったように、面接が上手くいかなくなった。
前職の仕事の経験を活かす分野での転職を誠二は考えていた。なんだかんだ、前職での仕事は誠二のキャリアにおいて一番のセールスポイントだったのだ。
しかし、そこまで大企業ではなかった前職をセールスポイントにする誠二に対して、面接企業の風当たりは優しくはなかった。
そこに、誠二の口下手も相まって、最初に目星をつけていた企業は全てお祈りをされてしまうまでに状況は悪化していた。
当然、誠二はその頃になると強い焦りを感じ始めていた。
それだけではない。
いつかの美空からされた申し出通り、誠二は毎日のように面接の練習を美空に手伝ってもらっていたのだ。
先行き不透明な不安と、そして中々結果を見いだせない申し訳なさ。
転職活動を初めて、一か月。
すっかりと誠二は、美空に対する確執の解消のことが、頭から吹き飛んでしまっていた。貯蓄はそれなりにある。しかし、頑張りが身を結ばない状況に焦りは隠せそうもなかった。
「ふう」
この日も、誠二は転職活動となる面接を受けに品川駅まで出向いていた。
面接をしてもらった会社は、AV機器のレーザー技術を扱う会社。外付け機器の組み立てまで一括で行っており、地方に樹脂部品の工場も持っているような会社だった。
前職で誠二が担当していた仕事は、樹脂部品の成型のための金型設計が主。地方出向は出来そうもないが、都内で生産技術をする分には手が回る。そう思って、応募した会社だった。
美空との面接練習。
そして、数社の企業での実践。
ある程度の場数をこなし、今回の面接結果をどうなのか。誠二はなんとなくわかるようになっていた。
正直に言って、誠二としてはこの企業の面接も芳しくない結果になる、と思っていた。
先ほどまで、かの企業のビルの一室で、人事の課長と話をしていた。
七三で髪を分けて、ところどころ白髪の見える……齢四十後半くらいの、ベテランに見えた。愛想もあまりよくなく、面接の内容は自己PRや企業に貢献したいこと、など仕事の話に終始した。人によれば世間話も混ぜて人柄も見るパターンも多いのに、それが一切なかったのだ。
それほど自分に興味がない。つまりは、足蹴りされる。
誠二はそう思って、先のような面接結果を連想していたのだった。
深いため息をついたのは、ビルを出てある程度歩いてようやく見つけた喫煙スペースだった。
いつもならニコチン接種も程ほどで問題ないのに、最近の芳しくない状況を鑑みると、タバコを吸わないとやっていられなかった。
平日の昼下がり。
仕事をしていれば働いていてタバコなんて吸っている暇なんてなさそうなのに、意外と喫煙スペースは混み入っていた。
人波を掻き分けて、深部に辿り着くと壁に寄りかかってタバコに火を点けた。
煙を肺に入れて、白い煙を吐き出した。
焦り。
不安。
悲壮。
内心で渦巻いていた悪感情は、白い煙と共に外に出てくれる様子はない。
いつか、一緒に飛んでいってくれる。妄信的にそうなって欲しいと思うあまり、タバコを吸う速度も早まっていった。
「……ゴホッ」
煙をたくさん吸ってしまい、誠二は思わず咳込んでしまった。
痰がらみの唾を吐きだしたい。そんな欲求に駆られ始めていた。
だから、二本目のタバコを吸い終わったところで、誠二は喫煙スペースを後にすることにした。向かおうとした先は、トイレ。
人波を掻き分けて……。
出口へ向かって……。
誠二は、足を止めた。
壁際に寄りかかりタバコを吸う女性。
随分とさまになったポーズでタバコを加え逆の手でスマホを見る女性に、誠二は見覚えがあった。だから足を止めてしまったのだ。
パッと、女性は顔を上げた。
「お久しぶりです」
微笑み、会釈をしたのは女性だった。
「……どうも。えぇと」
「粟飯原です」
粟飯原。
いつか、美空が連れて行ってくれた美容室で出会った女性だった。
「失礼しました。お久しぶりです」
会釈をして、まもなく誠二は気付いた。
早く、立ち去った方が良い。
この人は美空の知り合い。そんな人と長話をして、墓穴でも掘ったら大変だと思ったのだ。前回は美空と自分が兄妹ということで誤魔化した。
でも、その嘘で今回も誤魔化せる保証は一切なかった。
なんと言って立ち去るか。
そう思って逡巡していると、粟飯原が間近にまで迫っていることに、誠二は気付かなかった。
自前の携帯灰皿にタバコを入れて、粟飯原は誠二の髪を撫でた。
「うわっ……」
驚き、誠二は小さく悲鳴を上げた。顔が熱いことに、まもなく気付いた。
粟飯原は、
「髪、あれから切りました?」
少し、怒っているようだった。
「……いえ」
「駄目ですよ。不潔そうに見えるんだから」
言われて、今回の面接で良い感触を得られなかった一因は身だしなみにもあるかも、と誠二は思った。
「そんなに、まだお仕事忙しいんですか?」
「いえ、その……」
否定の言葉を紡ぎかけて、誠二はそれを話すと後々が面倒になることに気が付いた。
しかし、言いかけて区切ったばかりに余計に粟飯原に不審がられることになってしまった。
「仕事は、辞めました」
仕方なく、誠二は話した。
「あら、そうでしたか……」
「えぇ、今日も転職活動で品川に来たんです」
「へえ、結果は?」
「それは……まだ、わからないです」
しかし、浮かない顔色の誠二を見れば、どんな結果になりそうなのか、は一目瞭然だった。
粟飯原は、微妙な顔をしていた。
誠二はその微妙な顔色を窺って、彼女の次の反応を待っていた。
ただ、意外にもこの時には彼女の前から立ち去りたい、という想いは消えかけていた。
理性的には、粟飯原の前からさっさと立ち去るべきだと思っていた。
しかし、傷心な内心を打ち明けて……誰かに、慰めて欲しいと感情的には思っていたのだ。
「今日は、まだ転職活動はされるんですか?」
「いえ、予定はないです」
「そうですか……」
粟飯原は、軽くため息を吐いて続けた。
「じゃあ、散髪でもしたらどうですか? 気晴らしになるかもしれない」
「……そうですね」
否定の句は出てこなかった。
奥様はパパ活女子高生 ミソネタ・ドザえもん @dozaemonex2
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