打ち解ける

 しばらくの転職活動の末、誠二はいくつかのめぼしい企業との面接まで漕ぎつけていた。仕事に対して自分の思い通りになることの少なさを実感していた誠二だったが、意外にもとんとん拍子に進む転職活動に少しだけ驚きを感じていた。

 必要書類の作成もそこまで時間を要さなかったが、少しだけこれからに向けて心配することが誠二にはあった。


「面接が少し、心配なんだ」


 誠二はそれを、夕飯時にポツリと美空に漏らしていた。

 かつての職場での多忙さ。あれの一端が自分のコミュニケーション能力にあったと、誠二は度々実感していた。

 それ故、誠二は前々から自分のコミュニケーション能力を不安がっていた。幸い、以前の職場にいる内はそれが欠けていようが問題はなかったが、面接事となれば一番重要になるのはそれだと誠二は思っていた。それは何より、数年前の大学新卒での就職活動の経験がそうだと告げていた。


「どうして?」


 美空からそんな疑問の声が漏れたのは、彼女がまだ幼いことが要因としてあった。


「コミュニケーション能力が、僕は欠けているから」


「そうかなあ?」


 依然、美空は首を傾げていた。長らく傍にいてそこに疑問を抱く彼女に、誠二は少しだけ呆れた。


「あたしは誠二さんといて、つまらなかったことはないよ?」


「それはどうも」


 嬉しい言葉を頂いて、誠二は少しだけ照れた。

 ただ、つまらないこととコミュニケーション能力が欠けていることは必ずしもイコールにはならないと浮かれる気持ちを落ち着かせた。


「でも、僕はそもそも前職を人間関係で辞めているようなものだろう? そんな状態に陥ったからこそ、自分のその能力に問題があるのでは、と思っているわけですよ」


「それは前の会社が悪いと思うよ?」


 その線は確かにあるが、その状況に陥った経緯がある以上、それだけで片づけられる程誠二は割り切りが良い人間ではなかった。


 そして美空は、誠二の顔色を窺って、誠二が自分の話を納得していないことに気が付いた。


「よしわかった」


 美空が息巻いて快活に言った。

 彼女が唐突にやる気を出したため、誠二は少し驚いた。口に含んでいたみそ汁を、思わず吹き出しそうになるのだった。


「何が?」


「誠二さん、自分がコミュ障じゃないか不安なんでしょう?」


「言い方」


 突っ込んでから、


「まあ、そうだね」


 誠二は頷いた。


「じゃあ、練習しましょう」


「練習?」


「面接の練習」


 なるほど。それは一理あるな、と誠二は思った。

 しかし、少し考えて誠二は首を傾げた。


「……誰と?」


「あたしだよ?」


 美空は、自分を指さして言った。


「どっちが面接官役?」


「勿論、あたしだよ」


「まあ、そうだよね」


 話の流れからそれは明白だったが、誠二は思わず尋ねていた。


「……不満?」


「不満、と言うか……君相手だと、大体なんでも話せてしまうから」


「なんでも?」


「なんでも」


「……そう」


 ポッと美空の頬が染まった。思わず、美空はそっぽを向いた。

 色々してもらったが故、誠二が美空に心を開いているのは当然だった。美空としてもそうなっているだろうことは感じていたが、思っているだけと実際に言われるとでは、羞恥が雲泥の差だった。羞恥以外にも沸き上がる感情がある気がしたが、目を瞑った。


「勿論、君が面接官役に向いていないってわけじゃないよ。ただ、そう言う場で一番大切なことは緊張しつつ、自分の言葉をキチンと述べられることだろう? 君相手だと、どうしてもね」


「確かにそうかも」


 でも、と美空は続けた。


「まずは緊張しないような相手に自分の言葉を述べられないと、本当に緊張する場面でも同じことは出来ないんじゃないかな」


「ふむ」


 一理あると誠二は思った。


「緊張する場面でいつも以上の力は発揮できない。まずはどこでもいつも通りが出来るようにならないとね」


「……君は時々、人生経験豊富そうなことを言う」


 それは勿論、誉め言葉なつもりで言った。

 しかし美空は、えーと不満げな声を漏らしていた。うら若き少女に年増さだと言っているようなことだったか、と誠二は思った。


「ごめんごめん。褒めてたつもりだった」


 誠二は頭を掻いて謝罪した。


 美空はそこまで気にしていなかったのか、大丈夫と一言告げて、夕飯の片づけを始めた。さっさと片づけ終えて、件の練習を始めるつもりらしい。


 誠二は美空の片づけを手伝いつつ、シンクの隣にいる少女を横目に見ていた。

 

 ……いつか、誠二は今隣にいる少女に諭されたことがある。

 ブラック企業に勤めて精神をすり減らして、蝕まれて、そんな会社を辞めるように勧めてくれたのは美空だった。


 あの時、誠二は美空のことを占い師だと思った。人生経験豊富で、自分より若いのに、自分より場数を踏んでいるような感覚を抱いた。

 今日もまた、その感覚に襲われた。


 基本的に、美空は抜けた人である。そのことを誠二は、その身をもって何度も実感してきた。そもそも抜けていないと、パパ活だなんて愚かなことはしないだろう。

 今となればそのパパ活のおかげで美空と出会えたのだから、誠二がその行いを否定することもおかしな話なのだが。


 ただ、そんな抜けた少女が時折見せる不思議な一面。


 その一面に、誠二は違和感を感じていた。


 彼女は一体、どんな過去を送っていたのだろうか。


 そんな疑問が、誠二の内心で浮かんでは消えていっていた。


 しかし、誠二はそれを彼女に問い詰める気はなかった。

 何も言わず、美空は誠二の家に転がり込んだ。恐らく、過去に何かしらの確執を抱いていることは間違いない。


 厄介ごとに首を突っ込みたくないわけではない。


 ただ、自分を救ってくれた彼女から昔の話を聞き、辛い過去を掘り返すことを誠二はしたくなかった。


 一体、どうやって少女から事情を聞きだせば良いのだろうか。


 初めは、自分を破滅に導いて欲しいだけだった。未成年を匿うだなんて、それが成人男性において自殺行為であることは明白だった。

 家に匿って、ご飯を作ってもらって、部屋の掃除をしてもらって。


 初めに抱いていた感情は、とっくに消え失せていた。


 会社を辞めて引っ越した後も、誠二は美空を匿い続けている。

 それは、美空と一緒にいたいと思う気持ちもあると同時に、美空に同じことをしてあげたいと彼が思っているからだった。


 いつか、美空が自分を救ってくれたように。


 誠二は、美空を救ってあげられないかとそう思っていた。




 いつの間にか誠二は、彼女の確執をなんとか出来ないかと思うようになっていたのだ。

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