第2話 開始

 その瞬間、進藤の脳は混乱に包まれた。

「……真犯人を見つける…?俺が…?変な冗談はよしてくださいよ。」

 そう言い、ふと逢阪の目を見る。逢阪は決して悪ふざけや、いつもの皮肉で言ったのではない。彼の目は真剣そのものであった。

「……本気ですか。」

「私はいつだって本気さ。それに、君の本業は探偵だろう?」

「いやそうですけど…ホームズじゃあるまいし、現実の探偵なんて浮気調査とかがほとんどですよ。」

「とまぁ、そういう訳だ。よろしく頼むよ、くん。」

 逢阪はいたずらに笑みを浮かべ席を立つ。

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?まだやるなんて一言も――」

「詳細は後日メールで送るから。私はこの後訪問診療の予定があるもんでね。」

 そう言い残し、店を出ていってしまった。あの時注文したホットティーも、口をつけないまま冷めきっていた。進藤は深く溜息をつき、ホットティーを注文し直す。紅茶に映る自分の顔が、なんだかたいそう疲れて見えた。



 ――3日後

 逢阪から約束の通りメールが来た。内容は以下の通りである。


 件名:無題


 本文:遅くなってしまってすまない。少々立て込んでしまったものでね。

 さて、3日前の依頼の事だけど実は被害者の遺族の方たちにアポを取ってあるから、まずはその人達に取材をしてきて欲しい。きっと捜査の手助けになるだろう。私は諸事情で行けないが、頑張って来てくれたまえ。

 最初の1人は今からちょうど1ヶ月後の12月15日の13時、この前みたいな遅刻はしないようにね。名前は漆原恋糸うるしばらこいと。場所は―――


 そこには簡易的な地図の画像ファイルが埋め込まれており、そこでメールは終了していた。正直、聞きたいことは山ほどある。しかし、今はそれどころではなかった。進藤は10年前の事件について、できる限りのことを思い出そうとしていた。


 年齢、性別、家柄を問わず無差別になんの罪もない男女計7人が殺された。遺体はいずれも頭部を持ち去られた状態で発見され、その断面はほど精巧に切り取られていたという。7人目の遺体発見後、わずか3ヶ月で犯人が自首。事件は幕を閉じる……はずだった。


進藤が思い出せるのはこれぐらいであった。あとは実家に犯人の出した本や、事件当時の新聞記事があるはず……この時ほど、母親がなんでも溜め込む癖を持っていることに感謝したことはなかった。ふとその時、探偵事務所の電話が鳴った。

「あ〜もしもし?今日ちょっと電車が遅延してるんで遅れま〜す。」

社会人とは思えぬほどノリが軽い電話をかけてきた声の主は仲込稔なかごめみのるであった。進藤の高校、大学時代の後輩で、その付き合いは10年ほどになる。基本的に悪い奴ではないのだが、ノリが非常に軽いために、思わぬ無礼を働いてしまう。尚、本人には一切悪気がない。そこがタチの悪いポイントだ。

「……あのな、まず電話をかけたら、相手が誰であろうと名前を名乗る。最低限のビジネスマナーくらいちゃんとしろ。」

「えぇ〜でもこの時間って先輩しかいないじゃないっスか。」

「もしかしたらお前のことを知らないただの事務員が電話をとるかもしれないだろ。……とにかく今すぐ来い。大事な話がある。」

「げぇっ!?オレ遂にクビ切られちまうんスか!?」

「そっちじゃない。というか自覚はあったんだな……。」

「あったりまえっスよ。オレにだって罪の意識ぐらいあるんスから。」

「ならその遅刻癖と虚言癖をどうにかしろ。電車が遅れてるんなら走って来い。」

「なんスか偉そうに〜。……逢阪先生の前じゃペコペコしてるクセに。」

「……聞かなかったことにしてやろう。あと、12月15日は空けておけ。」

「12月15日?なんかあるんスか?」

「来たら話してやる。さっさと来い。」

進藤は半ば強引に電話を切った。新人の教育というものは、どうしてこうも面倒なものなのだろうか。それどころか、完全に舐められてる気がする。進藤はまたもや深い溜息をつくと、自席の椅子に座りふと外を見る。進藤は自分の目を疑った。


辺り一面に広がる銀世界。初雪だ。11月の中旬、しかも東京で。最近の異常気象の影響だろうか。仲込の言っていた電車の遅延も、嘘ではないのかもしれない。進藤は電気ストーブのスイッチを押し、ホットティーを入れるべく給湯室に向かった。


少しばかり、湯の沸きが遅く感じられた。

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拝啓、モラトリアム。 藻塩こがれ @XX_M0_S

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