拝啓、モラトリアム。

藻塩こがれ

CHAPTER1

第1話 再会

 秋は少しばかりの静寂を残し、この街を去った。行き交う人々たちは皆、防寒具に身を包み、本格的な冬の到来を嘆いている様子だった。そんな中、都会の雑踏に飲み込まれつつも足早に駆けていく1人の男がいた。


 彼の名前は進藤優しんどうすぐる。探偵業の傍ら、小説家を目指している至って普通の青年である。

 進藤は息を切らしながら勢いよく待ち合わせ場所の喫茶店へと飛び込んだ。ただでさえ朝に寝癖を直すだけでろくに手入れもしないボサボサな髪が、よりいっそう無造作になっていた。そんな進藤を尻目に、悠々とエスプレッソを飲みながら窓辺の席に腰掛ける男がいた。


 彼の名前は逢阪幎おうさかとばり。精神科医である。その年齢に見合わない白髪と、病的なまでに青白い肌。傍から見れば医者だなんて思うはずもない。言うなれば、まるで命を刈り取るのような見た目だった。けれども、どこか美しく、妖艶な魅力を放っており、その誰しもが虜になるだろう。


「……3分24秒の遅刻だ。言い訳は、400字詰め原稿用紙3枚以内に収めて明日までに私の診療所まで送ってくれ。締切は厳守だ。」

本音を言うと、進藤はこの男には会いたくなかった。何かと皮肉を込めた物言いが鼻につく。しかし、それを差し引いても進藤より何もかも上回っている。そのことを考える度、進藤はどこかやるせない気持ちになるのであった。

「言い訳なんてしませんよ。口ではあなたに敵いませんから。…それより、お元気そうで良かったです。先生。」

進藤はわかりやすい社交辞令を並べながら席へ座る。

「それで、今日はなんの用ですか?」

「まぁそう焦るな。せっかちな男は嫌われるよ。」

余計なお世話である。

「大体、私と君は約3年ぶりに会ったんだ。積もる話もあるだろう?例えば、君の小説家夢はどうなったのか、とかね。」

「……結局それが聞きたいんでしょう。あれから色んな出版社に持ち込みに行きましたけど、どれも惨敗ですよ。なんでも、オリジナリティーが薄いんですって。」

「確かに、そこら辺の文学小説から適当に何行かかいつまんで並べたら、君の小説ができそうではあるが、そろそろデビューしてもいい頃合いなんじゃないか?」

いちいち余計な一言が多い。

「……まぁこれからもぼちぼちやっていきますよ。」

進藤はぎこちなく微笑み、ウエイターを呼んでホットティーを注文した。


「それじゃあ、本題に入ろうか」

店内の空気ががらりと変わり、緊張感が辺りを漂う。進藤は思わず生唾を飲み込んだ。

「……10年前の連続猟奇怪死事件、覚えているかな。」

逢阪は、極めて慎重に言葉を選んでいる様子だった。

「ええ。確か俺が……高校生の時だったかな。テレビで毎日のようにやっていたし、その犯人が本を出したとかで一時期話題になりましたよね。」

「話が早くて助かるな。活字中毒の君のことだ、勿論読んだんだろう?」

「そうなんですが……正直、あんな猟奇殺人を犯すような人が書く文じゃないと思いましたね。なんだろう、すごく傷つきやすくて繊細で……まるで犯人に強引に仕立て上げられたかのような……」

進藤の目が大きく見開く。

「まさか……」

「そのまさかだ。聞くところによると、その犯人は自首し、警察もそれをあっさり認め逮捕。それ以来、犯人が本を出すまでメディアも全く報道しなくなった。まるで、。」

逢阪は、すっかり冷めきったエスプレッソを一口飲み、ひと息置いてこう告げた。


「君に、その事件の真犯人を見つけ出して欲しい。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る