第二輪 狂妄、忌願(ひがん)が裂く
第4話 鋸引き陵辱花地獄
心臓の端切れのように真っ赤な肉が、左右それぞれに独立して動いている。唾液でてらりと光るその舌は、二頭の蛇が妖しく身をくねらせているようだ。
こちらの反応を面白がる風でもなく、
「俺が知っとる痛みのテッペンが、これや」
パンクファッションの極北として知られるスプリットタンだが、日本で施術できるクリニックは稀少で、自力でやる者も多い。
だが、彼のそれが望んで行われたものかと言うと――
「ガキの時のことで、誰がやりくさったかは分からん。そいつは俺の舌をハサミで切って、親父を殺しくさった。覚えとるのは、頭に焼きつきっぱなしの痛みだけや」
味覚を司る舌には多くの神経が集中しており、素人が手を出せば「若さゆえのあやまち」では済まない激痛と後遺症を負う。
感染症、腐敗、味覚障害、何より切ってしまえば二度と元には戻せない。
「……君が変な味と色の話をするのも、それのせいか」
「まあな」
ぷるぷると弾力を持った舌は温かく湿り、冷たく固い刃が乱暴にそれを挟む。無情な金属の味に続いて、――ぢょきん――!
口に広がるのは、さっきとは比べ物にならない鉄の味。
叫んで泣いてのたうちまわって、
声がかすれてもきっと足りやしない。
道眞が頭から追い出そうとするほどに、その想像が脳裏でふくれ上がる。
「死が救いやなんやのはクソや、死にたいヤツはくたばったらええ。そやけど生きる側の足を引っぱるんやったら、俺が全員ブチ殺しちゃる」
冴え冴えとギラつく切れ長の目。瞳の奥にチリチリと、透明な炎の色が見える気がした。それは単純な怒りではなく、そのためになら命も懸けられるという
初めて、道眞はこの百舌鳥ヤマトという男に共感を抱いた。
何に怒りを覚えるかは違えども、その憤怒のためにどこまでやれるかという熱においては、自分たちは〝同類〟だ。ただ、百舌鳥がどうしようもなく不器用なだけで。
同情を引くためではなく、「力を合わせよう」と彼なりの方法で示そうとしている。そんなやり方しかできないのは、凄惨な体験の影響かもしれない。
「……おい
「思ったより君が悪い人じゃなさそうで良かったなと」
百舌鳥はひときわ大きな音で舌打ちした。
「生きたくても生きられない、か」ぽつりと
肺の底からにじみ出るものを噛み締める口調は、悲哀と哀惜に満ちたものだ。
「生出さん?」
道眞が名前を呼ぶと、彼は目尻をこすって微笑んで見せる。
「……僕が会った黒い巫女さんは、死んだ娘に会いたくないかって訊いたんだ。茅には
「八年前?」
道眞の父が亡くなったのと同じ時期なのは、偶然だろうか。
「あの子もきっと、死にたくないって……」
ぐらり、と生出の体が傾ぎ、そのままベッドに倒れこんだ。
どうしたんだろう……と、彼の異変をぼんやり遠く感じる自分に、道眞はボタンをかけ違えたような違和感を覚える。何かおかしいような、おかしくないような。
「……まずい」
道眞はギクリとして首を振った。脳がドロドロの油に漬けこまれたみたいに、思考がはっきりとしない。そういえば、注射を打たれてどれだけ経った?
「生出さん、百舌鳥さん、しっかり。僕たち、かなり薬が回っているみたいです!」
体の芯で
道眞が生きるのに必要な魚が、体から逃げては力尽きていった。それを追い立てる得体の知れない熱は、腹の中で蛇がのたうつような異物感すら持ち始めていく。
「う……ああ……」
急激に重みを増した体を支えきれず、道眞は横たわった。続けてばたり、と。ついに百舌鳥もベッドに突っ伏して、下半身をのろのろと引き上げて寝転がる。
それを待っていたように、鉄のあぎとが口を開いた。
現れる真っ白な牙は、
体型は三つ子のように似通っており、豊満な乳房、くびれた腰、大きな
「は……ヤクをキメさせてセックス、洗脳の常套手段、やな」毒づく百舌鳥の声も覇気が無い。「赤青苦酸っぱくて、かなわん。こいつら、発情しきっとる」
衣服の代わりと言わんばかりに、女たちは甘く重たい香りを帯びていた。何の花とも判然としない芳香と薬臭さが、慣れない刺激で鼻をくすぐる。
その姿、そのにおい、ぺたぺたと裸足で近づくさまは、捕食者の足取りだ。
香りの元は、先頭の女が白木の台に捧げ持つ香炉だった。
女は恭しくそれを床に置くと、香炉の周りで踊り始めた。三人とも、盆踊りのように簡素な振りつけで、朗々と歌を口ずさむ。
「さんだ~はなが~、ごしんりょ~」
「いっしを~、ねがい~、たてま~つ~る~」
「なむ、たまちはえませ~。ちはえませ~」
(なんだ……いったい……)
出したつもりの声が、自分の耳に届かない。寝床がずるずると泥濘のように、道眞の体を沈めていく。揺れる白い肢体と甘い香が誘う、気怠さからくる錯覚だ。
それは他の二人も同じらしく、あの百舌鳥さえ何も言わず横たわっていた。
「さんだ~はなが~、ごしんりょ~」
「いっしを~、ねがい~、たてま~つ~る~」
「なむ、たまちはえませ~。ちはえませ~」
七度目の歌と踊りが終わると、女たちは三人に向き直って座った。
「
深々と土下座し、すっくと立ち上がると、それぞれベッドに乗ってこちらを組みしき始める。そこでようやく、道眞は我に返った。
「何をするんだ!」
天地が逆さまになったような
「
「さんだ~はなが~、ごしんりょ~」
首は注射を打たれた時と違って壁に固定されていない、手足を動かして抵抗できないこともないはずだ。だが今度は体に力が入らない。
「やっやめ、私には妻子が、ぁいや、娘が!?」
「いっしを~、ねがい~」
何より、道眞の下肢はこちらの感情や性欲とは無関係に、はっきりと〝おんな〟を求めている。それで分かってしまった。
ご丁寧に用意されたベッドは眠るためではなく、この行為のためにあったのだと。
『ソレデハゴ斉唱下サイ』
この小一時間で初めて、放送の内容が変わった。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
歌いながら女たちは慣れた手つきで三人の性器をあらわにしていく。薬と香のためか、さわられるまでもなく用意万端のそれを、たやすく受け容れた。
どうやらここへ来るまでに、彼女たちの体も準備されていたらしい。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
腰がとろけるような快感が走り、道眞は目の前が白くなる思いがした。鉛のように重い体の中で、血液が溶岩のように煮えたぎり、脳を焼いていく。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
気持ちいい。この身が脈打つごとに、甘美な波が全身へ広がって肌がわななく。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
押し殺そうにも殺しきれない叫びがそこかしこで聞こえ、どれが誰の声かも分からない。身も心も反吐のようにぐちゃぐちゃとした混沌になっていく。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
苦痛と快楽は裏表、その両面を引き剥がそうとすれば真っ二つに裂けてしまう。道眞は今や一枚のコインになって、自らそれを縦に割ろうと
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこと。
快楽に身を任せてしまえばどれほど楽か。だがこの熱は、腹でのたうつ蛇のそれと同質のおぞましさだ。堕ちた先にあるのは、欲望を貪るただの肉塊。
(嫌だ――そんなザマを、僕は僕に許さない。嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!)
身体の自由を奪われた上に、心まで明け渡して屈服しては、あまりにも、あまりにも自分が惨めではないか。だから、この一線だけは死守する。
それが道眞にできる唯一の抵抗だ。ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこと。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ。
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ。
『散ンダ花ガゴ神慮、一子ヲ願イタテマツル。南無、霊幸倍マセ』
「さんだはながごしんりょ、いっしをねがいたてまつる、なむ、たまちはえませ」
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ。
ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ、ぎこぎこ。
女たちは代わる代わる、徹底的に三人を陵辱した。精を搾り取り、完全に果てたと判断すると、香炉を置いて退室する。それに合わせて、また放送が変わった。
『
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