愛雲にしか見えない世界

部活動紹介の際に、「毎月部内発表会を開いている」と言っていたことを思い出した僕は焦っている。

今日は4月26日。月に一度の発表会は月末に行われるらしい。4月は、30日に行われる。

新入生がどんな作品を書くのか、どんな種類の作品が好きなのか知るためには、僕が作品を発表しなければならない。


だからなんでもいい。せめて、キーワードさえ掴んでおけばそれでいい。


1文字も書けていなかったとしても、「僕はこんな作品を作りたい」と明言できればそれでいいのだ。

でも、僕は自分が何を書きたいのか分からなかった。


ふいに、教室の外からこちら側に向かって走ってきている足音が聞こえた。

その音は少しずつ大きくなっていき、ガラガラッ。

「すみません!今日からお願いします!」

大きな音と明るい声を出して教室の中へ入ってきたのは愛雲だった。


「愛雲さん、お待ちしておりました。今日からですね?愛雲さんの作品、楽しみにしております」

「私にしか書けない作品を探して、頑張りたいと思います!お願いしまーす!発表会には間に合わないと思うので、今月読む専門で行きます」


愛雲にはプレッシャーというものがないらしい。

固定概念に縛られることなく、ユニークな作品を作り出すのではないだろうか。


「愛雲。中学校は演劇部に入ってたって言ってたよな?文芸部で良いのか?」


僕は、先輩たちに聞こえないように愛雲に耳打ちした。


「君は何を言ってるの?良いに決まってるでしょ。赤池君だって、先輩の小説読みたいなって思って入ったんでしょ?私も同じ。」


「僕と同じ?」

「そう。自分の世界を言葉にして誰かに届けたい、先輩みたいな小説が書きたいって思ってるのは同じだよ。しかも……」


愛雲は少し時間を空けてこう続けた。


「色盲の私が一番輝けるのは、文章を書く文芸部だから!」

「輝ける?」

「うん、演劇は照明とか音楽とかその場の雰囲気が一つの作品として楽しまれるものだけど、俳句、小説みたいな文芸部が扱うジャンルって作者が書いた物だけが作品になるから……って分かりにくいか。ごめん!」


作者が書いたものだけが作品になる?愛雲の言ってることを自分なりに解釈してみると、作者が思い描いた作品がそのまま反映されるってことか?だとしたら、分かりにくい説明にも納得がいく。愛雲早希、掴み所がない人間だ。色盲の彼女に見えて、健常者の僕に見えない世界がたくさんあるはず……そこで僕は一つの良いアイデアが頭に浮かんだ。


「決めた。僕の初めて書く小説の主人公は君だ」

「えっ!?私?」


愛雲に出会って、愛雲の生態を観察して、愛雲の物語をつくる。彼女が毎日行ってきた生命活動を僕が作品に、文字に書き起こす。それは目の前にいる僕とは違う人間と僕とノンフィクションでフィクションな物語だ。

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