初めて筆をとった日

 文芸部に入って初めて筆を握ったのは1週間後のことだった。

 それまで僕は先輩の作品を読んだり、小説の書き方のマニュアルを読んだりして、小説の基礎を自分に叩き込んだ。


 この1週間で、僕は今まで小説について勘違いしていたことに気がついた。

 小説を書き始めるときにはまず、プロットというものを作るらしい。プロットとは、小説内での大まかな出来事、その時系列をまとめたものだ。登場人物の年齢、外見などもまとめて書いておく。そうすることで、書き続けていく時に矛盾が生じて物語が破綻する心配がなくなる。

 何百ページもの物語が最初から最後まで面白く、興味深くなるのは、このような基盤がしっかりとしているからだ。


 ページが進んでいくにつれ、登場人物が増えたとしても分かりやすい小説を作るためには、地味な作業が必須であることを知った。

 僕はそれまで、小説家の人は始めから終わりまで突っ走って書いていると思っていた。


 小説を書くことよりも、プロットを作成することのほうが素人の僕には難しかった。

 登場人物を増やしすぎると、人物像を書いているばかりの単調な小説になってしまう。

 逆に少なすぎると、広がりが少なくなって深みがなくなってしまう。

 丁度いい塩梅を見つけるには時間と経験が必要なようだ。


 題名はもう決めてある。僕の初小説のタイトルは「経験があるキミへ」だ。小説を書いたことのない僕が小説を書いたことのある人たち全員へ感じる羨ましさと、疑問を描く。

 初心者の僕がいきなり全て一から物語を考えて、終了させるのは少し荷が重かった。そのため、僕が実際に感じたもの、見たものを参考に作ることにした。


「あの!若崎先輩。少しお時間よろしいですか?」

「はい」

「小説を書き始めるときってどんなことを考えてますか?」

「私の手から生まれる子達は何かしら悩みを持っているので、悩みから解放されますようにと願っています。強く生きろ、私が生かす。って強い気持ちを込めて書き始めます」

「なるほど。ちなみに、小説のタイトルは最初に決めるのと書き終わってから決めるのどっちがいいと思いますか?」

「どちらでも素晴らしい作品を作れると思いますが、私の場合はタイトルは後づけにしています。その物語のなかで1番強調したいことをそのままタイトルにした方が、より読者を引き付けられる。そして、内容が伝わりやすいのではないでしょうか」

「そうですか……」

 僕はディティールを作ることを苦手としている。だから、タイトルを決めることで、大まかな話を作ることができる。しかし、若崎先輩は僕と逆だった。

 

 自分よりも経験歴の長い人がそう言うとそれご1番正しいと思ってしまう。まるで自分が全て間違っているように感じる。

 どうしてだろうか。本来は自分の作り方なのだから、自分のやりたいようにやればいいはずなのに。


 自分に自信がないと、他の人の言うことが100

 パーセント正しいと思い込み、自分の考えがなくなってしまう。

 だから、自信があるほうが良いのだ。選択肢を狭めることなく、効率よく最適解を見つけることができるから。


 その時の僕は先輩の言葉が全てだと思い、作りかけた「経験があるキミへ」の話を白紙に戻してしまった。

 僕の初作は幻のものになった。


 今思えば、この選択が僕にとって人生をいい方向に変える転機だったのかもしれない。

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