第30話 はなむけ
「テツオさん。僕、海外に転勤することになったんです」
居酒屋の席で、青年がテツオに告げた。
テツオは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに、そうか、と笑った。
「おう、良かったじゃねえか。アレだろ栄転なんだろ?知らんけど」
「栄転、なんですかね……アメリカなんですが……」
「じゃあ栄転だなたぶん。俺お前の仕事のことはわかんねーけど、良かったじゃねえか」
そう言ってテツオは、思いの外晴れやかな顔で笑った。
「いやーめでたいめでたい! これでついにお前ともおさらばだな!! で、いつ発つんだよ」
「えっ。ええーーっと……明日の朝、です」
「んだよ随分急だな。俺寝てるから見送りとか行かねえけどまあ向こうでも精々元気で……ってのも変なのか?まぁいいや、最後のはなむけに酒くらいならおごってやるよ」
そう言うと、テツオはビール瓶をたのんで、青年のグラスにビールを注いでやった。
青年はおとなしくビールに口をつけてテツオをチラチラ見ながら様子を伺うが、テツオの上機嫌は翳る様子はなかった。
翌日の昼になって、テツオは自宅で目を覚ました。卓袱台の上にメモがおいてあり「お世話になりました。」と一言書いてある。
「…………」
テツオはしばらく悩んだ後、メモを引出しにしまってから、顔を洗いにのそのそと洗面所に向かった。
はじめの1週間は、青年が自分を待っていないことに違和感があり、似た背格好のサラリーマンを見ると、彼と見間違いそうになった。
それが過ぎると漸く慣れてきて、青年との外食に慣れすぎてしまったので、節約しないとなぁ、とぼんやり考えるようになった。
缶詰とレトルト食品で日々の食事を済ませることが多くなった。
……青年がテツオに別れを告げてからちょうど3週間後。
突然、テツオの家の窓ガラスが派手な音を立てて勢いよく割れた。たまたま休みで部屋でごろ寝していたテツオは、驚いて反射的に防御の姿勢をとったが、ガラス片はテツオのところにまでは飛んでこなかった。
「……なんで追いかけてきてくれないんですかーー!!」
窓を突き破ってテツオの部屋に侵入してきたのは、海外転勤したはずの青年だった。手には大量の海外土産らしき袋を抱えている。
テツオは青年の登場には特に驚いた様子を見せなかった。
「おう、思ったより遅かったじゃねえか。ていうか窓割るんじゃねえよ。弁償すりゃいいってもんじゃねえからな」
「あっはい、すみません……いや、もっとこう何かないんですか!?最後の日だってそうですよ、もっと別れを惜しんでくれたって!」
「……だって嘘だってわかってたからな」
「えっ」
目が点になって固まってしまった青年に、テツオは頭をガシガシとかきながら言う。
「お前、律儀に4月1日にわざわざ呼び出してあんな嘘つくんだもんよ。次の日出発ってもうおかしいし、目は泳いでるわ笑いこらえてるわ仕草はおかしいわでバレバレなんだよ。ったく、別に遊ぶのはいいけど後になって泣きついてくるんじゃねえよ、面倒くせえ……あ、海外行ったのは本当だったんだな」
「あっはい、出張のお土産です……」
さあ、海外土産を物色するかとテツオが青年の荷物に手を伸ばす。
その手を、青年はパシッと掴んだ。
「………テツオさん」
青年はテツオの手を離さないまま、いつになく真剣な目でまっすぐに見つめてくるので、テツオもたじろぐ。
青年は、形の良い唇を開いて、思いきったように大きな声で言った。
「一緒に暮らしましょう!!」
「はあああ!? なんでいきなりそうなるんだよ!?」
「テツオさんは僕と一緒にいないと駄目になります!この3週間でよくわかったのでは!?」
「えっ、いや俺は別に……つーか冗談もほどほどに……」
言いかけて、テツオは青年を見て、気がついてしまう。これは冗談を言っている目ではない、と。
「……いやいやいやいや無理だろ!! バケモノと人間が一緒に暮らせるか!!」
「トウコさんは人間の彼氏さんたちと暮らしてますよ!」
「死んでんじゃねーか!!とにかく無理だ!」
「いいじゃないですか~僕はタワマンの大きい部屋で暮らす高給取りですから贅沢させてあげられるけど仕事やめろなんて言いませんから~!」
「なんか色んなドラマや漫画の台詞がごちゃ混ぜになってんぞ!!」
……その後、青年が同居を諦めて妥協案として旅行を提案し、うっかりテツオが承諾してしまったのは、また別の話である。
妖怪ラブホテル ノベルバーまとめ 藤ともみ @fuji_T0m0m1
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