第50話


乾ききった大地に水が通り、緑が生い茂り、風に生命の息吹が満ちて、精霊達が戻ってくる。


片手をついていた地面から、喜びに満ちた震えを感じとり、俺は手を離す。


目の前には、生まれたばかりの豊かな森がひろがっている。


指先から零れた光の粒たちを握り締め、背後を振り向くと、呆れたような顔で見返された。


ふとその目が、足下にも向けられる。


茶色い乾いた地面が、黒々とした土に変化していたせいだろう。


「とんでもねーな……」


豊かな大地に生まれ変わった灰の街を眺めて、レテューはただ呆れている。


「ついでに、魔石も造られやすいように岩盤の性質も変えてみたから……1年も経てば鉱山も使えると思う」


「おい……」


「森も鉱山も、採りすぎないように注意して。だいたい二割かな……そしたら半永久的に、豊かさはもつよ」


「……ウソだろ?」


「本当」


レテューはもう一度森を眺め、地面を眺め、深いため息をついた。


「やべぇなコレは──有り難すぎる」


「……ヒトの生命は、戻せないけど」


「それは当たり前だ」


「町の名前変えねぇと……」


「みんなで相談したら」


「そうだな」


やることいっぱいだ、と嬉しそうにレテューは、離れて固まっていた人々の所へ歩いて行く。


灰の街が住めなくなり、首都に移ったものの、また行き場がなくなった元住民達。


首都も、大地の穴を塞いで元に戻したが、やっぱり故郷が忘れられなかったらしい。


ケイレルがこっちに頭を下げると、つられて住民達も頭を下げてきた。


俺は手を振って、待機していた翼馬にまたがった。


離れて待っていた山河とミューレイに合流する。


「王子様は、凄いのにゃーっ」


ミューレイがキラキラした目で、足下にひろがる緑の大地を見詰めた。


俺は、苦笑いするしかない。


粒たちの使い方がわかっただけで、特に大した事はしてないからだ。


翼馬で空を駆けること数分、空の宮殿が見えてくる。


薄い水の膜を通り抜け、外縁に降り立ち、乗せてくれた翼馬の騎士達に礼を言って、そのまま待つ。


程なくして、宮殿から両親が出てくる。


その後からゾロゾロと、たくさんの者達も。


代表で、イム将軍とシーシアさんが両親に何か告げている。


二人が頭を下げると、両親が挨拶をして皆に手を振った。


「長かったなぁ……」


伸びをして空を見上げれば、精霊達がたくさん見送りに来ていて、その多さに苦笑するしかない。


「オカエリヲ、オマチシテオリマス。ヒカリノミコ──」


黒い妖精が、空中でくるんと一礼して消えた。


両親が歩いてきて、山河が荷物を持ち直す。


「……忘れ物はないわね?」


俺はうなずこうとして、白い床で震えるシルエットに気付く。


黒猫に戻ったミューレイだ。


「……」


尻尾を丸めて震える黒猫に、困る。


さすがに、連れてはいけない。


「──また、な……」






空の宮殿を後にして、両親と俺と山河は森林の中を歩く。


潰されたままの別荘が見えてきて、瓦礫に埋もれている車を発見。


「弁償させないと」


「いや、その前に車無事か?」


かろうじて、車は潰されていなかった。


苦労して瓦礫をどかし全員乗り込み、帰路につく。


後ろに流れる木立の中に、一瞬、黒い尻尾が見えた気がして──苦笑する。














俺の長い夏休みは、こうして終わったのだった。










─── 完 ───





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異世界王子様ライフ-ゼロ 銀紫蝶 @ginsicyou

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