第3話 巨竜と闇医者

「ギャオオオォォォッ!!」


 闇を引き裂く咆哮ほうこうを上げ、白き光を纏って顕現けんげんしたドラゴンの威容。二人が立つ歩道橋の高さを悠々と見下ろす巨竜それを前に、詠多朗えいたろう落花らっかを庇うように一歩足を踏み出しながら、20枚の手札をさっと目で確認した。


「詠多朗っ。やっぱりアイツら、昨日の火事を起こしたっていう――」

「ええ……。しかし、僕達が対峙したあの敵とは違う」


 落花の声に震えが混じっているのがわかる。詠多朗は巨大な竜の青い眼を眼鏡のレンズ越しに見上げ、そして、闇の中に立つの二人を見下ろした。

 学ランの少年と、童貞好みのひらひらしたワンピースを着た若い女の子だ。男女二人組という点は同じでも、二日前に落花を襲ったあの謎のローブの二人組とは似ても似つかない。

 だが、高層ビルを炎上させた大火災の現場で謎のドラゴンを見たというWEB上の目撃証言と、現に目の前に現れたドラゴン。そして、物語士カタリストのバトルと似て非なるルールで事象を具現化するという敵の特徴を鑑みれば、今この場で自分が取るべき行動は一つ。


(戦うしかない。戦った先にきっと全ての答えがある!)


  詠多朗が手札の数枚を抜いたとき、学ランの少年は高らかに宣言してきた。


「来い! どんな語彙を出してこようと、このオレが打ち砕いてやる!」


 歩道橋の上と下に分かれ、距離もあるので顔はよく見えないが、その全身から立ち上る異様な闘志は離れていても伝わってくる。【場】が作り出した闇の中、びりびりと肌を指す敵の戦意オーラが、詠多朗の心にも火を点ける。


「――いいでしょう。語らずして、なにが物語士カタリスト! 【本田 詠多朗】、物語ものがたる!」


 宣言するが早いか、詠多朗は複数のカードを場に投げ入れた。状況カード【王国】と【山】、そして人物カード【王】の3枚だ。敵があのドラゴンを出したきり動かずにいる今の内に、速攻でこちらに有利な物語を組み立てていかなければならない。

 敵がどんな主人公カードを切ってくるつもりかは知らないが、こちらには、がいる。ドラゴンと対峙するには最も適役といえる、あの男が。


「王国は百年越しの混乱に陥っていた。山の深奥しんおうまう巨大な竜の体内に腫瘍しゅようが見つかったからだ。このままでは、竜とともに生きるこの王国の平和は維持できない」


 詠多朗の語りに合わせ、白く輝く竜が、巨大を震わせて突如苦しそうな咆哮を上げた。「竜の体内に腫瘍が見つかった」という物語が具現化されたのか、竜の真っ白な胴体に、死臭ししゅうを放つ巨大なマンモスの頭部のようなものが出現し、竜の皮膚がしゅうしゅうと瘴気しょうきを上げながら溶かされ始める。


「何あれ。ボク、ちょっとああいうの苦手!」


 詠多朗の背中に隠れた落花がぎゅっと服の後ろを掴んでくる。何もそこまでグロテスクに演出されなくてもいいのに、と詠多朗自身も思いながら、気を取り直して物語を続けようとした。竜の病という国難に際し、王が国じゅうからエキスパートを集めさせる流れを作れば、自然にを主人公召喚できる。

 だが――。


「ブルーアイズをそのまま朽ち果てさせはしない! オレのカードは『ハイパームテキ』!」


 闇の中に学ランの少年の声が響き、真白い光を放つカードが場へと投げ込まれた。そして、闇を塗り潰す黄金の輝きが、突如として詠多朗の視界を奪う。


「くっ――何だ!?」


『♪ハイパ~ ♪ムテキ~ ♪エグゼ~イド!』

 

 まばゆい光に包まれた空間の中に、意味不明な歌が響き渡ったかと思うと――


「え、詠多朗、何あれ!」

「あれは――!?」


 闇の中に輝きを放って立っていたのは、人間のようで人間ではない何か。

 特撮ヒーローの仮面マスクと呼ぶにはあまりに特徴的なギロリとした目に、ざんばら髪のような黄金の装飾。全身を覆うこれまた黄金の装甲。


『エグゼイド・ムテキゲーマー! ノーコンティニューでブルーアイズを手術するぜ!』


 よくわからない横文字を発しながら、その存在がびしりとヒロイックにポーズを決めた。

 詠多朗には何が何だかよくわからない。あれが敵の召喚した主人公なのか……!?


「『ムテキゲーマー』は、天才ゲーマーであると同時に医者。ドラゴンの『腫瘍』を取り除くこともできる!」


 学ランの少年が声を張り上げて叫んだ。その隣では童貞を殺す服の女の子が「そうよ、10-0ね」などと言っている。

 詠多朗に理解できるのは、とにかく敵がこちらの物語に割り込んできたということだけ。このままでは、竜を手術する役目はあの金ピカのキャラクターに奪われ、ひいては物語の主導権を敵側に渡すことになってしまう。


「くっ……! なら、ここだ! 主人公召喚!」


 最早もはや一刻の猶予もならない。詠多朗は腕を振り抜き、虎の子の主人公カードをかざした。刹那、再びのまばゆい光が闇を埋め尽くし、光の柱の中にが姿を現す。


「作品名【竜斬りゅうざんことわり】の主人公、【ヅッソ・ラフロイグ】を召喚!」

「来たぁ! ヅッソさんだ!」


 落花のはしゃぐ声をBGMにゆっくりと立ち上がるのは、痩身そうしんに宮廷魔術士のローブを身に纏う、焦げ茶色の髪の男。原作の物語では多くの仲間と連携して巨大な竜の手術を成功させた、レアレベル★185の英雄である。

 召喚されたヅッソと並び、詠多朗はちらりと敵の姿を見下ろす。学ランの少年は驚きに目を見開きながらも、こちらを挑発しているように見えた。「その主人公でどんな物語を語るのか聞かせてみろよ」と言わんばかりに。


「――王の勅命ちょくめいを受け、その男、ヅッソは竜の手術に必要なエキスパートを探し始めた。そうして見つかった一人が、その……ハイパームテキ? エグゼイド? という医師だった」


 詠多朗の語りに応じ、ヅッソは敵側のハイパームテキエグゼイドとやらに歩み寄って、交渉を始めた。『竜の手術に手を貸してほしい』と――。

 そう、これこそが、詠多朗がこの僅かな間に思い描いた作戦だった。敵に物語の主導権を奪われることを防ぐには、医師であるというあの金ピカをヅッソの仲間に引き入れ、一緒に国難に挑むという形にするしかないと思ったのだ。


「くっ。医者としての永夢えむ先生を部下に引き入れようっていうのか……!」


 学ランの少年は呟き、そして新たなカードを切ってきた。「インターセプト」の一言もなしに。


「なら、これだ! オレのカードは『119』! Aエース2枚と9が1枚で、11足す1足す9、21ブラックジャックだ!」

「……は?」


 刹那、雷光が閃き、また新たな人影が闇の中に姿を現した。あの金ピカのハイパームテキとやらに代わってそこに立っていたのは、黒マントをばさりとひるがえし、鋭い目つきでヅッソを睨みつける、顔の皮膚にツギのある男。漫画の神様、手塚治虫が生み出した稀代の名キャラクター。誰もが知るその闇医師の名は――


「ブラック・ジャック……?」


 詠多朗は訳が分からず呟いた。バトルの最中に別の主人公が出てきた驚きもさることながら、『ブラック・ジャック』は小説ではないじゃないか。まあ、それを言うなら、あのハイパームテキとやらも小説のキャラクターではなかったのかもしれないが……。


「下っ端の永夢えむ先生と違って、一匹狼のブラック・ジャックは王の権力になびいたりはしない!」


 学ランの少年がそう叫ぶや否や、闇医師は目の前に立つ魔術士に切り返していた。


『わたしにオペをさせようってんなら報酬は高いですぜ。お前さん、払えるのかい』

『今は国家の危機なんだ。むろん、国庫からそれなりの謝礼は出る。どうか貴方の手術の腕を貸してくれないか』

『……わたしァ、そうやって権威をちらつかせる人間が嫌いでね。どうしてもと言うなら、20億円いただきましょう』

『に、20億……』

『法外だって言うなら、おたくの国の医者にやらせりゃいい。わざわざこんな無免許医に依頼するこたァありませんよ』


 召喚者に命じられたわけでもないのに、ぺらぺらと漫画さながらの立ち回りを見せるブラック・ジャック。あの有能なヅッソが相手のペースに飲まれつつあるのを見て、詠多朗は歯痒はがゆさに拳を握った。

 敵のカードがどんな絡繰からくりかはわからないが、物語士カタリストのカードと同じく、原作の知名度や人気がキャラクターの存在強度の指標になるのだとすれば……。


(こっちがどんな人気小説の主人公を出したところで……太刀打ちできる相手じゃない!)


 とにかく流れを変えなければ、このままでは完全に敵のいいように物語を誘導されてしまう。

 だが、今は召喚されたキャラクターが喋っている場面。カードを投げてインターセプトすることはできない。


(どうすれば……!)


 詠多朗が汗とともに手札を握り込んだ、そのとき。


「そこまでよ! 貴方達が戦う必要はないわ!」


 金髪をふわりとなびかせ、闇の【場】の中に悠然と足を踏み入れてきたのは、詠多朗の師匠――【カタリナ・リーディング】だった。


「師匠!」


 彼女だけではない。ヅッソとブラック・ジャックの間に割り込むようにして、師匠リディと一緒にそこに歩み出てきたもう一つの人影がある。それはサングラスで目元を隠した老人であった。


「は、灰原はいばらの爺さん」

「どういうことよ!? 戦う必要はないって」


 学ランの少年と童貞殺しの女の子も、二人の突然の乱入に驚いている様子だった。


「気付かぬか、言悟げんごよ。おぬしの戦うべき相手は、あやつらではない」

「そうよ、詠多朗。貴方達が言葉をぶつけ合うべき相手は他にいるわ」


 老人が学ランの少年に、リディが詠多朗に、それぞれ停戦を呼び掛けてくる。


「敵が他にいる、ですって……?」

「ええ。だから、こんな野試合のじあいで油を売っている場合じゃないわ。貴方達は協力して一つの敵に挑まなきゃならないんだから」

「協力……」


 師匠に言われ、詠多朗は学ランの少年を改めて見下ろした。彼もまた、まっすぐに詠多朗を見上げてきた。

 彼が何者かは分からない。だが不思議と、詠多朗には、彼のことは信じてもいいのではないかと思えた。


「言悟よ、さっさと終わらせてしまうがよい。残りの二枚を出し切って」


 老人が言う。言悟と呼ばれたその少年は、詠多朗に向かって小さく頷いてきた。

 詠多朗も彼に一つ頷きを返した。互いの間に散っていた戦意の火花は今や消え去り、後にはただ、共に一つの物語を語らんとする意志が残るのみ。


 詠多朗は手札から新たに【みなしご】のカードを場に投げ入れた。同時に、言悟という少年も一枚のカードをかざしてくる。


「オレのカードは……『母の愛』!」


 二人のカードが物語の続きを形作り、ヅッソとブラック・ジャックは再び話し始めた。


『もうすぐその竜の卵がかえるんだ。生まれてくる竜の子を孤児みなしごにしたくない』

『竜の孤児みなしご、ねぇ』

『だから頼む、ブラック・ジャック先生。貴方の力を貸して欲しい。人間でも竜でも、親のいない寂しさを味わわせたくないじゃないか』

『……いいでしょう、ヅッソさん。わたしァ、国家だの20億だのよりも、そういう話が聞きたかったんですよ』


 そして、魔術士と闇医師は苦しむ巨竜の前に並び立った。

 詠多朗は続けて、【呪文】【眠る】のカードを投げ入れる。


「ブラック・ジャックとともに巨竜と向き合い、ヅッソは真紅の短杖を手にした。彼が麻痺の呪文を詠唱し始めるや否や、巨竜はたちまち眠るように身を横たえた」


 そして、腫瘍にただれた皮膚を見せて倒れ込んだ白き竜のそばに、ブラック・ジャックが手術着に着替えて歩み寄り、白銀のメスをきらりとその手に閃かせた。


「これが最後のカードだ。『1000年』」

「……ヅッソとブラック・ジャックの奮闘により、竜の手術は無事に成功した。闇医師にとっては、王国から支払われた20億円より、新たに生まれた竜の子が母竜と元気に暮らす姿こそが、最大の報酬であった――」


 竜の完治に喜ぶ国中の人々の姿が、闇の中に光景として立ち上る。元気になった母竜が小竜を連れて広場の空を飛ぶ中、ブラック・ジャックは壇上で国王と向き合っていた。


『礼を言うぞ、ブラック・ジャック先生。これであと百年は我が国も安泰であろう』

『わたしがオペをしたんですぜ。あの竜はあと百年と言わず千年でも生きられるよ』


「こうして、ヅッソの旅は終わった。竜とともに再びの繁栄を取り戻した王国は、ブラック・ジャックの残した言葉をもとに、その国名を『百年王国』から『千年王国』へと改めた――」


 民衆の喝采に合わせ、詠多朗はエンディングカードを投げ入れる。


「――【この王国にこんな変わった名前がついているのは、そんなわけなのです】」


 ぱたん、と透明の本を閉じる。

 周囲に広がっていた闇はたちまち晴れ、ヅッソも、巨竜も、ブラック・ジャックも、空間に溶けるようにして消えていった。


「……降りよう、落花さん」


 詠多朗は落花を連れ、歩道橋の階段を下った。リディと老人が見守る中、言悟という少年と、童貞殺しのワンピースを着た女の子も、まっすぐこちらに歩み寄ってきた。


「アンタ、なかなかいい語彙カードを持ってるな」

「君もね。美しい物語だった」


 言悟と詠多朗はどちらからともなく手を差し出し、握手を交わす。詠多朗は見た。言悟の黒い瞳に宿る、言葉の力を正しく使わんとする者の魂を。


「僕は物語士カタリストの【本田 詠多朗】。巨大な敵を倒すために、力を貸してくれませんか」


 仲間集めに奔走したヅッソ・ラフロイグの気持ちを少しばかりなぞりながら、詠多朗は言った。言悟はまっすぐ彼の目を見て、ああ、と頷いてきた。


「オレは語彙大富豪プレイヤーの【黒崎くろさき 言悟げんご】。一緒に戦おうぜ」



(続く)



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※召喚キャラクター情報

(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)


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●ヅッソ・ラフロイグ

・出典:竜斬の理

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/4852201425154930760

・作者:齊藤 紅人 氏

・ジャンル:異世界ファンタジー

・★:185(2018/04/07)

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