乙女ゲー世界の『女生徒その2』って名称を付けられたお嬢様の従者とか言うモブ以下に転生した俺だけど、とりあえずラスボス(男)から攻略しようと思う

どこにでもいる小市民

第1話

「ん……」



 俺は二度寝をしたいという気持ちを抑え、柔らかな布団から這い出る。



「……今、何時だ?」



 そう言い目を開けると、そこは俺の全く知らない場所だった。いつも使っていた布団はベッドに変わっていたし、内装も普段と全然違う。



「どこだここ?」



 当然眠気など一瞬で覚め、改めて周りを見渡す。キラキラと輝く窓から装飾品までの数々の品。ここは西洋風の屋敷かなんかか?


 とりあえず周りを見て回ろう。そう考えてベッドから降りようとして、俺はあることに気づく。……足が、見知った長さでは無いことに。



「……え?」



 その足はまるで子供のような短さだった。恐る恐る手を伸ばして確認しようとして、手も同様に短くなっていることに気づく。



「……は?」



 俺は思考が追いつかないまま、ストンとベッドから降りる。するとコンコン、と部屋の扉を叩く音が鳴る。俺はビクッと体を震わせ「は、はーい」と返事をした。


 するとガチャリと小さな音を立て、一人の女の子が入ってきた。茶色の髪をセミロングほどの長さに伸ばし、煌びやかなドレスを身に纏った12歳ほどの少女だ。


 普通に可愛い。でも、誰もが二度見するとかそんな絶世の美少女ってレベルでもない。普通にレベルが高い程度だ。でも、何故かこの子のことが気になって仕方がない……。



「ガイス、遅いわよ!」



 彼女は急に声を張り上げてそう叫ぶ。ガイス……と言うのが俺の名前なのか。



「全く、伯爵家の中でも有数の財力を持つ、このメイデル家の長女である私を初日から待たせるなんて何様のつもり?」



 ……ここは貴族の屋敷か。そして彼女がこの家の子供。貴族がいるってことは、俺は……執事? メイドではないだろう。


 あの態度だと兄弟……の可能性も……。いや、もしくは護衛だとか専属従者の可能性もあるな。分からんし、とりあえず話を合わせよう。



「申し訳ございませんでした!」



 俺はすぐに頭を90度まで下げる。口調も丁寧に。どれが正解か分からんからな。



「……ふんっ、まぁ良いですよ、許してあげます。……ほらガイス、さっさと行くわよ」



 彼女はくるりと俺に背を向けて腕を組みそんなことを言った。



「はい!」


「……ちょっと」


「え? ……なんでしょうか?」



 部屋を出る前に彼女は俺の方に振り向き、因縁をつけそうな顔を浮かべて話しかけてきた。俺もビビりながら対応する。



「……いつもの砕けた話し方はどうしたのよ? あなたが今日から私の従者になったからと言って、前まで過ごした時間が無くなるわけじゃないのよ? せめて二人っきりの時は前みたいに、エミリーと呼んでちょうだいよ」



 なるほど、俺とこの子……エミリーは昔からの幼馴染的存在。でも俺が今日から従者になったと。



「ご、ごめんなさい……じゃなくて、ごめん。ちょっと緊張しちゃってさ。でも大丈夫、ちゃんとするから心配しないで、エミリー」

 


 こんな感じでいいか?



「……ふんっ、分かればいいのよ、分かれば。それよりも早く行くわよ、ガイス!」


「あ、うん……エミリー」



 最低ラインだけを超えたギリギリの作品を見たような態度のエミリーだが、そんな口調からは計り知れないほど美しい笑みを浮かべて俺の手を引っ張る。可愛いな。


 ……うん、やはり最初に見た時から違和感があった。俺は彼女を知っている。男の俺でも触るほど爆発的にヒットした乙女ゲーがあるのだが、そこに彼女は登場しているのだ。


 そう、それも『女生徒その2』として……。彼女は、モブだ。そして俺はモブの従者。つまりはモブ以下だ。よし、現状を全て理解した。


 どうやら俺は転生をしたらしい。しかも、乙女ゲー世界の『女生徒その2』って名称を付けられたお嬢様の従者として……。



***



 あれから3年が経った。俺は12歳となり、『女生徒その2』ことエミリーお嬢様の従者として、今日まで平凡に働いてきた。


 だが、それも今日で終わりだ。……明日から、お嬢様は6年間の学校生活を送ることになる。そしてその6年間が、乙女ゲーの物語が進行する場所でもある。


 つまり……乙女ゲーを主人公がクリアできるように、俺が影で手助けをしないといけないかも知れないんだ。


 主人公の性格の把握ができてない。きちんと俺がやったみたいにクリアルートを進めるのかが心配だ。


 それに俺がこの世界に転生した理由も未だ不明。もしかすると、俺を転生させた存在は俺にクリアしてほしい可能性もある……。


 まぁ、これは邪魔させる存在だった可能性も存在しているので、 きちんと情報を仕入れてから動くつもりだ。だが、何も関わりがないとは無いだろう。


 そこまで考えて俺は気づいた。あれ? これってラスボスを最初に潰せば良いんじゃないか? と言う考えに行き着く。


 …………いやいや〜、いやいやいや! あれ? もしかしてそれが一番良い方法なんじゃ……?



***



 そうと決まれば話は早い! 俺はパパッとエミリーお嬢様と入学式を済ませてとある場所へと向かっていた。



「む? どこの遣いの者だ?」



 扉の前に立っていた3人の兵士のうち、一人がやってきた俺に向かって尋ねる。



「私は伯爵位メイデル家の長女、エミリー・メイデルお嬢様の専属従者、ガイスという者です。大変忙しいことは存じておりますが、ここ公爵家の長男、バルトロード・キギリス様との対談にやってきました」



 そう、俺がやってきたは乙女ゲーでラスボスになるバルトロード・キギリスの実家だ。



「そんな話聞いてるか?」


「あぁ。ガイスさん、紋章のご提示を」


 当然いきなり尋ねるような不作法な真似はしない。きちんと手紙を出し、返事を貰っているのだ! 俺は兵士の一人にそう言われ、メイデル家の家紋の入った短剣を差し出す。



「……確かに。失礼しました。ではこちらへ」



 俺は兵士の一人に案内されて公爵家へと上がらせてもらう。まるで魔王城に乗り込む勇者の気分……ごめん、それは流石に言いすぎたわ。


 応接間へと通されて15分後、一人の男が入ってきた。ツンツンと逆立った金髪の髪がトレードマークとなり、さらに着崩した高級な洋服がもったいなそうといった印象的だ。



「お前がガイスか?」



 おぉ、仮にも使者たる俺にそんな口を聞くんだ。やっぱり乙女ゲーと同じだな。



「はい、本日は私のような身分の低い者の戯言に耳を貸してーー」



 まだ喋っている最中だったが、彼は苛立ちを隠そうともせず俺に近づき首元を掴んで言葉を中断させる。



「無駄なおしゃべりは嫌いなんだよ。それよりも手紙の件について聞きてぇ……お前、なんであの事を知ってんだ?」



 彼のその言葉に、俺は僅かにニヤリと笑みを見せた。……原作通りだ!



***



 ラスボスのバルトロード・キギリス。彼の過去とか諸々を説明すると長くなるので割愛するが、簡単に説明しよう。


 バルトロードは昔から完璧だった。剣術や体術などの強さ。音楽や美術などにも精通しており、公爵家の期待の星だった。


 だが、ある日を境に彼は変わった。態度は粗暴になり、成績は落第、留年をするレベルにまで堕ちたのだ。だが、家の意向と権力でそれは避けられている。


 彼がこうなった理由は誰にも知らされていない。……乙女ゲーをクリアした俺以外には。


 彼には好きな人がいたのだ。しかし、公爵家の長男には釣り合わないような男爵家の一人娘だった。彼は幼い頭脳でこう考えた。


 彼女が自分の身分と釣り合わないなら、俺が自分から身分を下げよう……と。そう、彼は完璧だったが、頭だけは違った。勉強はできるが馬鹿だったのだ。


 そこからは先ほど言った通り、バルトロード・キギリスは堕落していった。だが、その決死の覚悟は伝わらない。


 それどころか、好きな人を主人公の後押しを受けた別の男に奪われるのだ。そのせいで彼は主人公を恨むようになり、結果ラスボスへの道を歩むことになる。


 そう、彼は可哀想なやつなのだ。人気投票でも確か5人いる攻略対象のうち3人を抜き去り、ラスボスなのに見事3位に収まる好成績を残すほどだった。


 俺はその事を知っているので、手紙で彼の今までの行動の理由を書いたり色々とした。向こうとしては驚いただろうなぁ。


 そして今、俺はここにいる。彼をラスボスにさせないために……!



***



「なぜ知っているか……については言えません」


「あぁ!?」



 バルトロードが声を荒げるが関係ない。だってゲームの知識だなんて言っても理解するわけないし……。



「安心してください。言いふらしたりなんてしませんから」


「したら俺の使える公爵家の全てを使ってお前を潰すぞ!」


「それはご勘弁頂きたいですね。そして知っている理由を言えない私がなぜここに来たのか、知りたくはないですか?」


「……ちっ、さっさと教えやがれ」



 やはり気になるだろう。既に主導権はこちらが握っている。



「あなたを……救いにです」


「あ? お前は何言ってやがんだ?」


「ふむ……要するに、今のままではあなたの好きな人は手に入らず、あまつさえ他の男に取られると言っているんです」



 俺のその言葉を聞いた瞬間、バルトロードの眉間に皺が寄り、表情を歪める。



「私はあなたにそうなってほしくない。だからこうして会いに来て、この話を持ち出したのです」


「……わかんねぇな。もし全てがそうだとして、お前に何の得がある? 金でも要求するってか?」



 普通はそう考えるよな。実際はラスボスになったら色々と面倒だから先に処理しとこ〜ってだけなんだけど。



「いいえ、私の要求は一つです。……あなたには彼女と結ばれて欲しい……それだけです」


「…………はぁ」



 俺の真摯な言葉に彼は長い時間思案をし、やがて諦めたように小さくため息をついた。



「嘘は言ってねぇようだな。本当のことを全て話したとも限らねぇが」



 彼には特殊能力がある。それは人の嘘を見抜くことだ。その鋭い洞察力と地頭の良さで、ラスボスであること、男爵家の娘が好きだったことを物語の終盤まで一切悟らせなかった。


 ……その能力、俺みたいな怪しい奴にはやっぱり使うよな……。



「てめぇにどんなメリットが存在するのか、俺は知らねぇ。でも今ここで、一つだけ誓え……俺を裏切らず、全力でサポートすると」



 バルトロードは能力で確実に俺が自分の味方かを判断するつもりだ。当然……。



「誓いましょう。あなたを助けるために命を賭けてもいいです」



 ここで賭けなくてもいずれ賭ける時って来るしな。



「……成立だ。お前は俺のために働け。俺はお前のためにこの恋を成就してやるよ」


「任せてください。それと、頑張ってください」



 俺はバルトロードと握手を交わし、そこから彼との奇妙な関係が始まった。そして壮絶な努力の末に……彼の恋は実ることとなった。



***



「ガイス! 私をほっぽり出しておいてどこ行ったの?」



 エミリーお嬢様がお怒りだった。最近ラスボスを構うのに必死だったからなぁ。



「エミリーお嬢様、大事な時にお側におらず申し訳ございませんでした」



 話を早く終わらせるためにすぐに謝る。



「なっ……ま、まぁ良いのです。実はさきほど公爵家の方から連絡が来て、ガイスが役立ったことを聞いたのですから」



 じゃ頭下げる必要性なかったんじゃ!? なんてことを心の中でノリツッコミした。


 それよりも……ラスボス自体は処理ができた。だが、あれは最後に戦うってだけで、処理自体は割と簡単な方だ。


 この乙女ゲーにはラスボスよりも強く、面倒くさい敵キャラがたくさんいる。そいつらの対応も考えねば……。


 でもまずは…… 乙女ゲー世界の『女生徒その2』って名称を付けられたお嬢様の従者とか言うモブ以下に転生した俺だけど、とりあえずラスボス(男)から攻略した。

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