長い非常ベルの夜

「これが功武派の作戦だとすると……」


 私は立証に必要な証拠を集めようと周りを見回したが、廊下で倒れている秦戸中尉が視界に入っただけだった。先ほどから鳴っていたであろう非常ベルが、やけにけたたましく聞こえるようになる。カメラを備えた警備ロボットらしきものが廊下の向こうからこちらを見ていたが、しばらくすると緑色のランプを灯して下がっていった。


「秦戸中尉から証言は出るだろうか」


 そう尋ねると、野村少佐がうなずく。


「スタンモードで捕縛しただけですから、気絶以外に外傷はないはずです。起き上がってきたときのために拳銃は回収しておきました」


 と、秦戸中尉が苦悶の声を上げつつ何かを振りほどくような動きをした。気がついたようだ。しかし体が思うように動かないのか、ゴロゴロと床をのたうつような挙動をしている。警鞘けいしょうで捕縛されているにしては、動きが不自由すぎるような気がした。何より、のたうつような動きは少し不自然でもあった。


「少将、下がってください」


 野村少佐がそう言って私の前に出る。秦戸中尉が腕を動かし何かを取り出した刹那、野村少佐はレーザー銃を構えて秦戸中尉の方に向ける。しかし秦戸中尉が取り出したのは小さな箱で、中尉はそれを自らの口に当てて仰向けに体勢を変えた。


「……?」


 中尉は再びのたうち始めたが、一分も経たないうちに動きを止めた。


「まさか毒薬……?」


 野村少佐は首を傾げてスキャナーを取り出し、秦戸中尉の生体反応をチェックした。数秒でスキャナーがビープ音を発し、スキャンが終わる。


「……どうだ」


「死んでますね。おそらく即効性の神経剤でしょう」


「毒が揮発する可能性は?」


 私は少し怖くなって質問した。野村少佐は「ありません、ガス反応はマイナスです」と言い、スキャナーを再度確認する。


「第一九三日出丸、応答せよ」


 野村少佐が通信機に向けて呼びかけ、コールサインを交わした後に指示を求める。


「中尉の遺体は情報部で回収するそうです。夜明けに回収班を回すとのことなので、中尉の遺体は霊安室に運んで棺体カプセルに入れておくように連邦の警備員に要請しておきましょう」


「わかった」


 そこで通信を切ろうとする野村少佐を制し、通信機の送受話器を指差す。


「私も少し話したいことがある」


「わかりました」


 野村少佐から送受話器を受け取り、「こちら利久村」と呼びかけると対応したのは低い声の男だった。


「こちら情報部の中田、ご無事ですね」


「ああはい。すみません、船長に代わってくれますか」


「わかりました。駒田こまた船長、利久村少将からです」


 ガタガタという音とともに無線の向こうの声が船長に代わった。船長とコールサインを確認し、話しかける。


「船長、一九三日出丸にある翻訳済の書類のデータを私に転送してください。翻訳済の書類は爆破で失いました」


「わかりました、速やかに転送します。印刷したものはどう届けましょうか」


「午後の査問会議に間に合うように会場へ直接届けてください。こちらで翻訳したデータは印刷が間に合うように送ります」


「了解」


「ではこちらからは以上です」


 私が通信を切ると、早速端末がデータを受信し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グンカンドリ 古井論理 @Robot10ShoHei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ