たぬきの兄妹と金色のドラゴン

HiroSAMA

たぬきの兄妹と金色のドラゴン

 とある山の中に、たぬきの兄妹が二匹で住んでおりました。


 たぬきの兄妹は貧しく、ロクに外食することもできません。

 ですが、おそばも食べられないような年越しは、たとえ貧乏たぬきでも寂しすぎます。


 そこで妹たぬきは、自分の貯めたおこづかいで『緑のたぬき』をひとつ買ってきて、それを兄とわけることにしました。


 ズズッとおそばをすすると、兄たぬきから暖かな笑顔があふれでます。


「うん、このおそばはとても美味しいな。

 そばの風味もさることながら、つゆを存分に吸ったかきあげが絶品だ。

 なにより良いのが、この『緑のたぬき』というネーミングだな」


 兄の言葉に妹たぬきも「そうでしょう」と微笑みます。

 ですが、ふたりで一杯ではいささか物足りません。


 そこで兄たぬきは提案しました。

「来年は俺も金を出すから、ふたりで一杯ずつ食べることにしよう」と。

 

 

 二匹で頑張って働いた甲斐もあり、翌年の大晦日には、ふたつの『緑のたぬき』を用意することができました。

 これで兄と妹、それぞれひとつのカップを独占することができます。


「今年頑張れたのは、ひとえにこの『緑のたぬき』のおかげかもしれんな」

 ご満悦な兄たぬきの言葉に、妹たぬきも「そうですね」と賛同しお湯の準備をはじめます。


 二匹はヤカンの前で、お湯が沸くのをいまかいまかと楽しみにしています。

 そんな時、夜空を横切る流れる光を見つけました。


 兄たぬきは、それを流れ星だと想い「来年はもっとたくさんの『緑のたぬき』が食べられますように」と手を合わせます。

 しかしながら、願いを三回繰り返したところで、違和感をおぼえます。


 三回どころか、五回、十回と願いを繰り返しても、星は消えずに飛び続けているのです。


「おかしいな」

 兄たぬきが首をひねっていると、妹たぬきが「だんだん近づいておおきくなっています」と、ソレが流れ星ではないと断定しました。


 光の正体は、金色の鱗に月光を反射させた大きなドラゴンでした。

 それも、胴体はひとつなのに頭と首はふたつあります。

 

 ふた首のドラゴンは兄妹たぬきをみつけると、すぐそばに降りてきました。


「なぁ右のクビ、小腹が減ったとは思わんか?」

「そうだな左のクビ、ちょうどここにたぬきが二匹おる。こいつらで腹を満たすとしよう」


 突如飛来したドラゴンの圧倒的な存在感に兄たぬきの腰が抜けてしまいます。これでは逃げることもかないません。


 それでも、死に物狂いで兄たぬきは懇願します。


「ドラゴン様おねがいです。

 全財産を渡しますので、どうか命だけはお助けください」


「いらん、我らは金になど困ってはおらんからな」

「そもそも、みるからに貧乏なたぬきの財産などたかがしれておるわ」


 ふたつの首は兄たぬきの要求を一考することもなく蹴散らします。


「では、私はどうなってもかまいません。

 せめて妹だけは見逃してやってはもらえないでしょうか?」


「ならん、我らはちょー腹が減っているのだ」

「うむ、腹がひとつとはいえ、片クビがおあずけされては、喧嘩になってしまう」


 懸命に懇願するも要求は受け入れてはもらえません。

 すると、今度は妹たぬきがドラゴンに頭をさげて進言します。


「わかりました、弱肉強食は世のことわり

 私たち兄妹はドラゴン様のお腹に収まりましょう」


「うむ、よい心がけである」

 右のクビが、妹たぬきの殊勝な振る舞いに感心します。


「ですが、少しだけお時間を頂けないでしょうか?」

「何故じゃ?」

 出された条件に左のクビがたずねます。


「見てのとおり、私たち兄妹は痩せております。

 このまま食べても、たいした足しにはならにでしょう」


「たしかにな」

「だが、食わぬよりは遙かにマシじゃ」

 妹たぬきの言葉に納得しつつも、見逃そうとはしません。


「ですから、最後の晩餐を食べさせてはいただけないでしょうか。

 そうすれば、私たちも少しは丸くなって、ドラゴン様たちのお腹も満たされることでしょう」


 妹たぬきの言葉に、右のクビと左のクビは見つめ合い「「それくらいなら構わないだろう」」と了承してくれます。


 ドラゴンの回答を受けた妹たぬきは、兄たぬきに目配せすると、沸かしたお湯をカップ麺に注ぎます。

 すると、あたりにスープのかぐわしい香りがあたりに漂いはじめます。


「最後とはいえ、今年も『緑のたぬき』が食べられることになったのは、ありがたいことだな」


 そうシミジミつぶやく兄たぬきでしたが、妹たぬきは「どうでしょう」と小さく返します。

 意図がわからず、妹を見る兄たぬきでしたが、その表情はすましたまま動きません。


『どうしてこいつはこんなに落ち着いているのだろう?』


 兄たぬきは妹の落ち着いた様子に疑問に思います。

 ですが、横暴なドラゴンが近くにいるのに、迂闊な会話はできません。


 ふと、ドラゴンの様子を盗み見た兄たぬきは、不審な点にきづきます。


『なんだかソワソワしているような……?』


 兄たぬきの考えは間違っていませんでした。

 ドラゴンは湯の注がれたカップに目を奪われています。


 そこから香る鰹だしの香ばしい匂いは、ドラゴンの鼻にもしっかりと届いているようです。

 すると、ドラゴンは兄妹たぬきに向かってこう要求しました。


「おい、たぬき、我らにもソイツをよこせ」

「なりませぬ」

 右のクビの要求を妹たぬきは間髪入れずに断ります。


「ならば、いますぐ貴様らを食い散らかしてから、ソイツをうばいとってやろう」

「ドラゴン様は私たち兄妹が最後の晩餐を取ることを了承してくださいました。

 崇高なドラゴン様が、わずかな時間も待てず、約束をお破りになるのですか?」


 妹たぬきの言葉に「むぅ」と右のクビが言葉に詰まらせると、左のクビが仕方ないとばかりに譲歩を提案します。


「わかった、おヌシら兄妹を見逃してやる。

 だから、ソイツをよこせ。やせ細ったおヌシらよりもよっぽど美味そうじゃ」

「駄目です」

 妹たぬきは、またもドラゴンの要求を拒否します。


 せっかく生き残る芽が出てきたのに、それを台無しにする言葉に兄たぬきはドキドキです。

 ですが、黙ったまま自分らの命運を妹に委ねました。


「この『緑のたぬき』は、私たち兄妹が一年の間、ずっと楽しみにしていたささやかな贅沢です。

 それが奪われるのであれば、殺されたほうがマシです」


 妹たぬきの真剣な訴えに、ふた首のドラゴンは互いの顔を見合わせ相談します。

 そしてこれで構わないだろうと、要求を代えました。


「わかった。ではそれを買い取らせてもらおうか」

「直接買いにいければ良いのだがな、生憎と我らが人間の街にいくと騒ぎになる」


 左のクビが提案すると、右のクビが理由を補足します。


 兄たぬきは、ドラゴンほど強い生き物ならば、人間に騒がれたところで気にならないのではと思いましたが、よく見れば金色の鱗で覆われた身体は傷だらけです。

 こんな状態では、さすがのドラゴンも無茶はできないのでしょう。


 妹たぬきはそのことに気づきながらも指摘せず、交渉の材料にしていたのだなと、いまごろになって思い当たります。


 案の定、ドラゴンの出した条件に満足した妹たぬきは、できあがったばかりの『緑のたぬき』ふたつを、ふた首のドラゴンにうやうやしく献上しました。


 ドラゴンはアツアツの『緑のたぬき』を食べ、咆哮のような感嘆をあげます。


「こいつは美味いの左のクビ。そばの風味が最高だ」

「こいつは美味いの右のクビ。魚でとった出汁が至高じゃ」


 ふたつの首は『緑のたぬき』を瞬く間に平らげました。


 するとどうでしょう、ドラゴンの身体の傷がみるみるうちに癒えていきます。


「うむ、右のクビは満足だ」

「ああ、左のクビも満足だ」


 ふたつのクビは互いに感想を言いあうと、兄妹たぬきに向き直ります。


「「美味い食事、感謝する」」


 金色のドラゴンは自分の身体から、一番大きな鱗を取るとそれをたぬきの兄妹にプレゼントします。

 そして、金色の巨体を月光に照らしながら、夜空へと優雅に飛び去っていくのでした。


 その様子に、妹たぬきも張りつめていたものがゆるんだように座りこみます。


「やっぱり、今年は『緑のたぬき』を食べ損ねてしまいましたね」

 ドラゴンの横暴を上手くあしらった妹たぬきでしたが、その表情はどこか残念そうです。

 そんな妹のつぶやきを、こんどは兄たぬきが否定しまた。


「なに、こうして金目のものが手に入ったのだ。

 年が明けるまで、まだ時間もある。

 俺がひとっぱしり行って、新しいそばを買ってこよう」


 兄たぬきは妹の返答も確認しないうちに駆け出すと、ドラゴンからもらった鱗を大金に代え、たくさんの『緑のたぬき』を買い妹といっしょに味わうのでした。


 めでたしめでたし♪

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