真由

スズタリョウ

第1話


 どこか遠くにさ、行きたいよね。

 こういう会話を真由とはもう何度しただろう。

 わたしたちはいつだって、どこか遠くに行きたかった。



 今週末、久しぶりに会いたいな。真由からその連絡が来たのは水曜日だった。真由が自分から誘ってくれるなんて珍しくて、わたしは飛び上がってすぐさま返事をした。大学生のころはよく二人で遊びに行っていたけれど、学年が上がるにつれその頻度も減って、卒業してからは連絡こそ取るものの、会って話す機会は少なくなっていた。今日も何ヶ月ぶりだろうか。


 待ち合わせは渋谷、お馴染みの会合場所がある。張り切ってカップル向けの半個室を予約した。久しぶりに会う真由は、また一段ときれいになった気がする。

 お互いの近況、仕事のこと、色恋沙汰、いろんな話をした。真由はブライダル関係の仕事をしていて、なっちゃんが結婚するときはうちのドレスを見に来てねなんて言うけれど、わたしは真由のウェディングドレス姿が見たいと思った。真由は白がとても良く似合う。


「もう社会人も二年目になるね」

「そうだね」

「これからもっと忙しくなるかな」

「どうだろ、そのぶん慣れるかもよ」

 真由の仕事は忙しそうだ。だけど真由は愚痴っぽいことをほとんど言わない。

「なっちゃんは最近どう?」

「相変わらず。バイトしてスタジオ行ってバイトしてる」

「スタジオ、どんな感じなの?」

「まだ全然下っ端でずっとアシスタントだよ」

「あんまり撮らせてもらえたりはしないのかあ」

「それはまだ結構先になりそうだなあ」

「でも自分で撮ってはいるんでしょ」

「うん」

「わたしなっちゃんの写真好きだよ」

 わたしもまた撮ってもらいたい。真由はそう言って、はにかむように笑った。いくらでも撮るよ、そのうちアルバムにしてあげると言うと、今度は照れて笑う。可愛いなあと思う。


 それからも話は尽きなくて、店員がラストオーダーを聞きに来るまであっという間だった。もうそんな時間かと驚きつつ、デザートにバニラアイスを二つ頼んだ。お酒で火照った身体にバニラアイスは心地良くて、冷たさより爽やかさを感じる白はもう夏の味だった。

「海、行きたいな」

 なんとなく思って、ぽつりと言ってみた。言ってみたら、なんだかそれはとても素敵なことのような気がした。

「いいね夜の海、行きたいなあ」

「行こうと思えば行けるけどね」

 思ったよりも真剣な声が出た。真由がぱっと顔を上げてわたしを見る。

「行けるよ、海」

 わたしは真由の大きな瞳を見つめた。真由もわたしを見つめ返す。わたしたちは、同じものを見ていた。


 電車に飛び乗れば渋谷のネオンはどんどん遠くなって、一時間と少しで片瀬江ノ島に漂着する。帰りの電車はもうない。真由と二人で海岸を歩く。青い夜、静かな星、疲れたら柔らかな砂浜で身を寄せ合って、朝を待つ。わたしたちなら行ける。二度とない夜に、わたしたちなら。

 真由がすっと目を伏せた。わたしと真由の裸足を撫でていた波が、さあっと引いていった。ああ、そっか、そうだよね。


「今日は帰ろっか」

 そう言うと、安堵したように眉を下げる。

「うん、そうだね」

「また来よう」

「うん」


 会計を済ませて外に出る。途端、たくさんの音と色彩が飛び込んできた。金曜の繁華街はいつにも増して果てがなかった。いつものように真由を地下鉄の改札まで送る。今日はありがとう、楽しかった、またね。そんな挨拶を交わして別れた。

 わたしも帰ろう。JRの改札を目指しながら、まだ大学生だった頃の夏、真由と空き教室の隅でした話を思い出した。

 

 当時のわたしは現状に疲れ切っていて、バイトも学校も全部辞めたくて、東京を出ようと思っていると真由に打ち明けた。そんな話ができるのは真由しかいなかった。

 真由はただ何度も、そっかあと困ったような顔で言って、ちょうど真由も何かとつらい時期で、わたしは真由に、わたしたち本当にその気になればどこへだって行けるよと言ったんだっけ。

 真由が望むならわたしいつでも一緒に行ける。そう言うと真由の顔がふにゃりと歪んで、曖昧に頷いて、わたしすごく泣きそうだったっけ。


 結局、バイトも学校も辞めなかったし、わたしはまだ東京にいるのだけれど。

 改札を通る。ピッという電子音が、もう戻れないぞと言っているような気がした。

 わたしたちはもう、夜を歩けなくなってしまった。

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真由 スズタリョウ @suzutaryo

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