第二十四話 特訓
オブグラッド寺院に戻り、オンノブ師にこれまでの話を説明したのち、俺たち三人は早めに家に戻り、今日のゲパルエルとの対話についてを話していた。
ゲパルエルに対して自分の力が及ばないことに対しての悔しさは大きかったが、その一方でゲパルエルのような存在が魔王の中にもいるのだということは、俺の認識を大きく変えていた。
人間が天使と悪魔の血を引き、その両方の素質を有していること。人間には常に天使と悪魔の誘惑が囁かれているということ。人間と悪魔の違いとは何か、を常々考え、悩み戦っている俺にとって、今回のゲパルエルとの邂逅は一つのターニングポイントなのかもしれない。少なくとも、悪魔からの意見というのを聞けたのは初めてだったし、かつてフォクスエルから天使の論を聞いている以上、これでやっと両者の意見を客観的に捉える素地が整った、といってもいい。
これがもし、相手がゲパルエルではなくもう片割れのレパルエルの言葉だったら、もし同じような態度、言葉であったとしても、それが象徴する欺瞞の言葉だとあっさり断罪したのかもしれない。
しかし、ゲパルエルの言うことは一つ悪魔なりの筋が通っていた。無論、人間としてそれを額面通りに受け止めることはできない。人間にとって不利であり、害悪でもある「糧」とされることを黙認するなどもっての外だ。
一方で、俺自身の問題もある。常々俺は自分の戦い方を残忍であり悪魔的だと感じている。時として悪魔より惨い殺し方でとどめを刺すことすらある。
俺はそもそもがこの世界の人間ではないが、本質はこの世界の人間と変わらないと思っている。その俺が自分の心の中に、悪魔的な何かが宿っているのではないかという疑念と、愛や勇気というきっと天使から授かったであろう概念が共存していることを認識しているのだから、この世界の人々も同じだと思っている。
そのことを二人に問うと、やはり俺と考え方は一緒だった。
「人間は天使と悪魔のいいとこどりという存在ではないわ。その素質両方を備えているけど、それは良い面も悪い面も併せて、ということだから」
「そうですね、さらに言えば、悪魔にも僅かながら天使的な部分があり、天使にも悪魔的な部分はあります。すべからく天使が善、悪魔が悪、とは割り切れないのです」
そうだろう、でなければ、天使と悪魔の間に愛の結晶であるイズニフは生まれないはずだ。
「ところでシュニィ、魔王に七種の象徴があるように、大天使にもそれを象徴するものがあるんだろう?六大天使について教えてくれないか?」
意外だ、という顔でシュニィが俺の顔を見る。
「知っているものとばかり思ってました。」
「うん、実は知らないんだ」
するとシュニィは微笑んで、
「いえ、私が教えてさし上げますわ。まず大天使には七魔王のような序列は存在しません。全ての大天使が平等の立場をとっています。賢者連盟を組織した生命を司る大天使シェパドエルはご存じかと思います」
俺はうん、と頷く。
「続いて力を司る大天使ハスキエル、叡智を司る大天使コリエル、愛を司る大天使ピレニエル、勇気を司る大天使シバエル、そして、死を司る大天使ウルフェウス、この六名の大天使が、天界を束ねています」
生命、力、叡智、愛、勇気、そして、死。
「死……?どうにも天使にそぐわないような気がするけど」
「いえ、死は誰にでも平等に訪れます。よって、それを司ることは悪ではない、というのがウルフェウスの主張です」
そういうものなのか。
「私も昔、おばあちゃんから教わった時は不思議に思ったわ、そのこと。けれど、死は新たなる命の始まりのきっかけとなるんだと教わって、なるほどって。魂の循環というのだけれど」
「魂の循環?輪廻転生みたいなものか?」
「うーん、逆に私はそのりんね?なんとかはよくわからないけど、魂の循環はそれを守る術師が存在するわね。ソウルウォッチャーというのだけど。北の大陸のローデン大森林というところにいるわ」
なるほど、魔術的な事ならやはりアリサは詳しい。
「そのソウルウォッチャーというのは、ネクロマンサーとはまた違うのか?」
「ええ、魂の扱いについては両者の意見は対立しているわね。魂を自然の一部として扱うのがソウルウォッチャー、魔術の糧とみなすのがネクロマンサー。ネクロマンサーの場合はどちらかというと死そのものに関わる魔術が多いから、魂については軽視されているわね」
「なるほど。ということは、天使的にはネクロマンサーはあまり歓迎されていない?」
俺のその疑問にはシュニィが答えてくれた。
「そうですね、特にシェパドエルは毛嫌いしているかと。もともとネクロマンサー自体が禁呪を使う事もあって、魔術師の中でも忌み嫌われていますしね。ソウルウォッチャーについてはウルフェウスが協力的だったと思います」
「ところでアリサ、前から不思議に思っていたんだけど、禁呪って、その名前の割には結構使われているよね?禁止されているから禁呪というわけではないのかい?」
「ええ、禁呪が実際に禁止されていたのは、今からおよそ二千年ほど前からしばらく続いた大魔道時代ね。あまりにも強力なため、それを使う上位魔術師が使用を禁じたのが始まり。結果一部の魔導書を除いてその術式が行方知れずになったりして、今現在は過去の失われかけた術式を記した古い本を禁呪書、その中に書かれているものを禁呪、と伝統的に呼んでいるわ。もちろん、ネクロマンサーの
アリサが実際に禁呪を使っているところを見ていただけに不安に思っていたが、それもこのアリサの説明で納得した。彼女が禁呪書を見つけるたびに喜ぶ理由もよくわかった。
「それにね、その大魔道時代よりも今の魔術の方がより高度な魔術も多いのよ」
「魔術も技術ということか。確かに時代が進めば、技術は進歩するよな」
「そういうこと」
言ってアリサは微笑む。
「ところで二人にちょっと相談があるんだ」
話がある程度一段落着いたところで、俺はアリサとシュニィに相談を持ち掛けた。今日、寺院からの帰り際にエリカとすれ違い、その時に実はあるお願いをしたのだ。
「なぁに?相談って」
「実は、オブグラッド寺院で二週間ばかり修行をしたいんだ。シュニィのお腹の事を考えるとその猶予があまりない事もわかっているし、レーヴェウスが次の魔王を復活させてしまうということもわかっている。けれど、今日のゲパルエルとの戦いで、今の俺ではこの先戦っていけるかどうか不安に思ったんだ」
「ああ、それでエリカちゃんに相談していたのね」
なるほど、といった顔でアリサは頷く。
「エリカに、もし俺の強さを引き上げるには最短でどのくらいの期間特訓すればいいかを相談したら、二週間欲しいって言われた。頼む、今後きみたち二人を守って戦うための力が、今の俺には必要なんだ」
俺は二人に頭を下げた。特にシュニィは呪いの問題も抱えている。そのシュニィの時間を奪うことを、俺は申し訳なく感じている。
「私は大丈夫です。むしろ、それでヒュージさんが安心して戦えるというのであれば、私はヒュージさんに従います」
と、ここでアリサが意表を突いた。
「その必要はないわよ」
俺は思わずアリサの顔を見つめた。
「あ、誤解しないでね、二週間欲しいって言ったことに対してよ。修行をするのは賛成。ヒュージがより強くなってくれるなら、それは何よりも助かることだから。……必要がないって言い方がまずかったわね、時間の心配はしなくていいわよってこと」
「それはどういう理屈だい?」
するとアリサは、自慢気に続けた。
「私とシュニィがモンモーデルへ向かっている最中、ヒュージは修行に専念すればいいわよ。途中の船旅も考えると、向こうに着くまでに三週間はかかるわ。船旅を除けばどうせ私たちは毎晩ここへ帰ってくるわけだし、それはヒュージも一緒でしょ?修行が終わってから私たちに合流すればいいのよ。それならタイムロスも無いわ」
「道中危険じゃないか?」
女性二人の旅はいささか心配だ。俺が守ってやらねば、とつい考える。
「おやじさんに一日待ってもらって、合流してもらえるよう頼むわ。それなら安心でしょ?」
そうか、おやじさんは先行してモンモーデルに向かうといったが、一日延びるだけなら都合はつくかもしれない。
「わかった、そうしよう。ありがとう、二人とも」
俺は二人に頭を下げた。
「何言ってるのよ、むしろ戦いではヒュージにおんぶにだっこなんだから、私の方こそ感謝してるわ」
「そうですよ。私だってついてこそ行ってますけど戦力にすらなっていませんからね。ありがとうございます、ヒュージさん」
逆に二人に頭を下げられてしまった。
そして、翌日から俺は再びエリカを師匠として特訓を開始した。
アリサたちは使い魔の連絡で無事おやじさんと合流することを決め、モンモーデルまで共に行くことが決まった。
修行は先日の演武主体ではなく、実技指導主体だった。修行にはエリカだけではなく、もう一人、キャスランという
二人の師匠にみっちりとしごかれ、俺は様々な極意を身に付けていった。極意とはなにも戦いの技術だけをいうのではなく、その心構えや精神的・肉体的鍛練といった部分も深く学んだ。
この特訓で何よりも俺にとって良かったと思ったのは、俺の慢心を徹底的に叩き潰してくれたことだった。気と演武というまだほんのさわりしか教わっていなかった俺は、それでも自分が少しは強くなったと錯覚していた。それどころか、これまで一撃必殺のような戦い方を主体としていた俺が連撃を身に付けたなどという傲慢さには、今は恥しか感じない。むしろ逆だったのだ。覚え立てで経験の蓄積もない俺が、いきなり実戦で高度な技など出せるわけが無いのだ。それならばまだ昔のスタイルで戦う方がましだったとも言われた。
この二週間、俺は改造態で修行することを禁じられていた。なにより体に叩き込むためだと言われた。だがその二週間が過ぎ、エリカからふとこんな事を言われた。
「あと三日あれば、変身した姿での戦い方、特訓できると思う」
その頃、アリサたちはすでに北のトラペッタ大陸に上陸しており、これから一週間、砂漠を行く旅だと言っていた。まだ一週間の猶予があった。
俺は一も二もなく頭を下げた。「お願いいたします」と。
そして、後にその選択は正しかったと知ることになるのだった。
改造人間ヒュージ、異世界へ行く 依頼者米利 @beiri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。改造人間ヒュージ、異世界へ行くの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます