第17話

「有賀を呪った私は少し気が楽になって、保健室に登校し始めた。そんな時、浜先生から聞いたんだ。御子柴という生徒が私のことを知りたがってるって。すぐにピンときたよ。なんせ同じ部の奴なんだから」

 しまった。あの行動が、まさかこんな形で裏目に出るとは。

「で、御子柴をつけてたらこの廃診療所の存在と、有賀が生きてることを知ったってわけ。でも毎日御子柴はここに来るし、御子柴は勘がいいから近づけなかった。だから保科が来る時を狙ってたんだよ。あんたが居れば御子柴の警戒心が薄まることも知ってた」

「百瀬。君に質問がある。もう分かり切っていることだが、念のため確認する。さっき呪ったのは君の親で間違いないな?」

「そうだよ」百瀬は頷いた。

「一人につき一人しか呪えないはずだが、君はどっちを呪ったんだ?」

「父親。母親はここに来る前に呪ってきたよ。――白い廃墟の、屋根のない部屋でね」

 そんな。まさか。

「大変だったよ。彼女、体力ないはずなのに暴れるもんだからさ」

「嘘、でしょ……?」

「嘘をつく意味があるか?信じられないなら、確認しに行きなよ」

 彼女は嫌な笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 確かめなくては。

「……保科。なぜ泣いているんだい?」

「行かなきゃ……」

「保科——く、逃げるな百瀬!」

 私は御子柴先輩の声を無視して走った。御子柴先輩が百瀬先輩を逃がしてしまったようだが、そんなのはどうでもいい。私は会わなくちゃなんだ。

――仮に叶芽さんが死んでいても。

 『バイバイ』が最後の会話だなんて、私は嫌だ。

 廃診療所のある森を抜け、私は商店街の裏路地へ走った。もう何度通ったかもわからない、白い廃墟へ続く細道。

 なんでこんな悲しいのに涙が出ないんだ。なぜ呪いは私から泣くことを奪った。私は呪いを憎む。彼女の死を悼むことすら許されないのか。

「――叶芽さん!」

 あの廃墟の部屋の扉を開けた。降り注ぐ日光が目を眩ませる。部屋の中がはっきりと見えない。

「あれ……?」

 どこにも彼女の姿が見えない。あるはずの死体も、血痕も、何もない。あるのはエリンジウムが塵になった跡だけ。

 私が困惑していると、そこに御子柴先輩が現れた。

「急に一体どうしたんだい、保科」

 彼は私の顔をじっと見て話しかけてきた。彼と目が合って、少しだけ落ち着きを取り戻す。

「さっき、百瀬先輩が……叶芽さんを代償の代わりにしたって……」

「落ち着こう、保科。君らしくない。そもそも百瀬は廃診療所に来て初めてあの存在を知ったんだ。ここに来る前に代償の代替が出来るはずがない。あれは百瀬の嘘だ」

「え、あ……」

 普通に考えればそうだ。焦り過ぎた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!私のせいで、百瀬先輩を逃しちゃって……本当にごめんなさい……!」

 そう謝り続ける私を御子柴先輩は抱きしめた。

「君が優しかったから騙されてしまっただけだ。とにかく西沢と君のどっちにも被害がなくて良かった。今日はもう帰ろう」

「……はい。……もう少し、このまま――」

 しかし私の意図に反して、彼は私から離れた。

 ああ。本当に彼は私じゃなくて、叶芽さんを。分かり切っていたことなのに。

「それじゃ――」

 唐突に、御子柴先輩がその場に崩れ落ちた。

「先輩!?」

「……動かない。体が」

「研究のし過ぎです!今日ずっと様子が変でしたし……」

「ストレスを受け過ぎたせいか……転換性障害か?すまないが、僕のバッグに携帯がある。そこから、僕の父に電話してくれないか……?」

「分かりました」

 それから御子柴先輩は彼の父親の車で家に帰った。それを見送ってから、私も帰路に就いた。

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