第15話

「……それは一体?」

「全人類が共通して持っているもの。さ」

「そんなまさか。ただ話しかけるだけなんですか?」

 御子柴先輩は信じられないといった表情だ。しかし有賀は至って真剣な面持ちで話を続ける。

「そのまさかだ。交信の方法は、『呪われてあれ』と唱える前に話しかける」

「……それだけですか?」

「そう。あまりに単純すぎる故に誰も気づかなかった。そしてもう一つ、気づかなかった理由がある。呪い側の声は聞こえない」

「その左腕は、実際に自分を呪って試したんですか。相変わらず無茶な……」

「飽くなき探求心にリスクがなくては張り合いがない。それを今再び、君たちの前で実証しようと思う」

 彼は車椅子を壁の方まで移動させ、誰かの顔写真を貼りつけた藁人形を壁にあてが

った。釘を左手のひらにわずかに刺し、金槌を振り上げる。

「『黒百合と苦痛の簡易呪法』よ。私のかたわらにいるこの烏は、我が所有物の中で最も貴重なものだ。代償に、この烏を」

 彼は釘目掛けて力いっぱい金槌を振り下ろした。

「呪われてあれ」

 鼓膜をつんざく金属音が響き、私が耳を塞いだのとほぼ同時だった。籠の中の烏が突如大きな鳴き声を上げて暴れ始めた。籠を揺らしながら何度も羽を動かしもがき――息絶えた。全く動かない。

 そして、有賀の左手のひらに黒百合が巻き付き始めた。有賀が痛みに顔を歪める。

「ぐ……成功だ。呪いの効果は出たが、何も奪われていない」

 改めて思うが、呪いとはあまりにも残酷だ。自分を害して他を害する。致命傷にもなり得る諸刃の剣だ。しかも今回は別の何かを害して呪う方法。あまりにもエゴが過ぎる。

 そんな私とは対照的に、御子柴先輩は耳も塞がずに有賀を見ていた。その瞳に映る感情は、恐らく尊敬と好奇だろう。

「本当に代償を無くす方法を見つけてしまうとは……!有賀さん、貴方の才能は間違いなく本物です」

「無くすというよりは自分以外の何かを損なう、というだけだがね。俺の予想では、この呪いは相当知能が低い。人間の年齢でいうと幼稚園生くらいだと予想している」

 その瞬間だった。廊下側から足音がした。奇妙な足音だ。まるで一本足で跳ねているかのように、足音の間隔が大きい。

「御子柴くんは一本だたらも俺の研究発表会に呼んだのか?」

「有賀さん。逃げてください」

「一体な――」

「早く!貴方のような才能を死なせたくはない」

 私の心臓もまた、早鐘を打っていた。間違いない。来てしまったんだ。完全に失念していた。あの視線、もっと注意を払うべきだったんだ。私たちはつけられていた。私たちをつければ有賀に会えると思い、ついに来た。足音は徐々に近づいてくる。

「だが逃げ道は廊下に面しているこの――」

 彼の言葉を遮って、扉から黒い影が部屋に飛び込んできた。数瞬の間だったが、フードの隙間から顔も見えた。は黒いレインコートをまとい、左手に包丁を携えていた。

 声をかけるよりも早く、彼女の左手の包丁は正確に有賀の左胸を捉えていた。あの刃渡り、恐らく左肺を破り心臓の血管に届いている。

「百瀬先輩……!」

 

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