第12話
しばらくしてようやく落ち着いた二人は、またいつものように話し始めた。今日あったことや、エリさんが実は小説を書こうと考えていること。おすすめの本。しかしその会話のどれもが、エリさんには辛そうだった。声を出しづらいというのは、会話しか楽しみのない彼女にとってどれほど辛いことか。
その内、彼女は会話をしながらも涙を流し始めた。
「ごめ、んね?私、ほんとに迷惑、ばっか……」
「大丈夫ですよ。こうして会話できてるじゃないですか」
「最後、聞いて……ほしいの」
「そんな、最後だなんて言わないで下さいよ……!」
「わたし……この呪い、自分で、やったの……」
「……どういうことですか」
『私のこの呪いは、自分でやったの』。確かに彼女はそう言った。
「御子柴に、一度で、いいから……好き……なってほしかった、から」
「そんな……!自分の命を賭けてまで……」
彼女の言葉を思い出した――『でも最近になって気づいたんだ。私はあの花みたいに奇麗な内面を持ち合わせてない』。
エリさんはずっと一人で自分を責め続けていたんだ。自分を呪ってでも好きになってもらおうとする自分に失望して。
「彼……花、好き……だから。私が、花になれば……私を、好きに」
「御子柴先輩と出会ったあの時、花壇で育てていた花の名前って……」
「……エリン、ジウム」
私はどうすればいいのかよく分からなくなってしまった。ただ、もう私にできることは彼女の傍にいてあげることぐらいだ。
「みさ、き」
「はい」
「私、光が、欲しい……」
エリンジウムの中にわずかに見える瞳が、徐々に閉じていた。
「光なら、あるじゃないですか……!この廃墟はぼろいから日光が入ってきて暑いんだって、いつも愚痴ってたじゃないですか……!」
「だって……見えない、よ……」
「エリさん!しっかり!こんな未練だらけでいいんですか!?」
返答はなかった。葉も花も揺れる音さえなく、静かに、ただ静かにエリさんは机に伏せていた。まるで初めて会った時みたいに、穏やかに。
諦めるな、保科心咲。お前にもできることはあるはずだ。お前は呪い研究の助手なんだぞ。
――呪い。
「……そうだ」
私はバッグを開き、ベージュ色の便箋を取り出した。『錨草と恋慕の簡易呪法』だ。
――『呪いの解き方は、その原因の解消だ』
御子柴先輩の言葉を思い出す。彼女が自分を呪った理由は、御子柴先輩に一度でもいいから好きになってほしかったから。だったら、この呪法を使えば。
『手順その一 紙に呪いたい二人の名前を書きだす』
これは簡単だった。しかし、手順その二を見た時に私は固まってしまった。
『手順その二 呪いたい二人の身体の一部を用意する (例)髪や爪など』
エリさんのは手に入る。しかし、御子柴先輩の髪は――今から行って……。
いや間に合わない。その間にエリさんは本当に死んでしまう。
その時。ふと、思い出した。急いでバッグを隅から隅まで探す。初めて廃診療所に行った時、確か私――あった。
御子柴先輩の血液が付いたハンカチ。まさか、ストーカー気質がこんな所で役に立つとは。
私はエリさんに咲いているエリンジウムを一輪折り、それをエリさんの身体の一部とした。
『手順その三 それらをすべて重ね、その上に自分の両手を重ねる』
図の通りにハンカチの上にエリンジウムを置き、その上に左手と右手を重ねる。そして最後の手順。これは紙を見なくても分かる。
――『簡易呪法には共通点があってね。その紙を読めば分かるけど、どの呪法も最後に必ず唱えるんだ』
間に合って。お願い。
「──『呪われてあれ』」
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