7月27日

第10話

 その日はひとまず解散ということになり、御子柴先輩から連絡が届いたのは次の日の朝のことだった。

『昨日はありがとう。君が殴ってくれて、正直僕もすっきりしたよ。それで、今日は例の廃診療所に来てくれるかな?土曜日だから、ゆっくり寝ていても構わないよ』

 例の廃診療所。この百瀬先輩の事件の大元。行きたくはなかったが、御子柴先輩の要請ならば、と結局来てしまった。ここは不気味だ。心なしか、変な視線も感じる。

「やあ。……ひどく疲れた顔をしているね。無理もないか」

「あまり寝れなくて……」

「そうだよね。気休めにもならないと思うけど、これあげるよ」

 彼はバッグのファイルから紙を取り出した。

「あ、ありがとうございます……」

 それは昨日見せてくれた『錨草と恋慕の簡易呪法』の便箋だった。

「簡易呪法には共通点があってね。その紙を読めば分かるけど、どの呪法も最後に必ず唱えるんだ。『呪われてあれ』とね。面白いだろう?僕が考えるに、呪いの本質はこの言葉にあるんじゃないだろうか」

 昨日の樹の発言を聞いて、面白いとは到底思えなかった。

「……それで、私を呼んだ理由は何です?」

「ああ、そうだったね。そこの紙に『簡易呪法』と書いてあるだろう?今日は『簡易呪法』と『古来呪法』の話をしようと思ってね。有賀さんの知識を援用する必要があるんだ」

 確かに、呪いの研究の助手として呪いについて詳しくなければ元も子もない。実際、現場について行くだけなんてことばかりだ。いや、私からしたらそれは好都合だが。

「なるほど。助手としてより一人前に近づけるようにって訳ですね」

「そう。君はこの先もいくつかの呪いに直面する。だから、今の内に知ってなくてはいけない」

「分かりました」

 そうして私たちは有賀の自室を訪ねた。彼は以前と変わらず呪いの本を自慢げに見せつけていた。

「それで、えっと『簡易呪法』と『古来呪法』の話だったか?」

 彼は机の引き出しから白いチョークを取り出し、床に簡易呪法、古来呪法と書いた。床を黒板のようにして説明するようだ。

「まず、古来呪法から話そう。本来、呪法と言えばこの古来呪法しかなかった。古来呪法の発動条件はたった一つ。『呪いたい対象を一年間考え続ける』こと。それは憎悪でも尊敬でもいい。とにかく、相手のことを頭から一度も排斥はいせきせず一年間を過ごす。それだけで自動的に発動するのだ。だから呪った側は当然相手を呪ったという意識がない。これが本来の呪法の形だ。その難易度ゆえに中々お目にかかれないがね。ちなみに簡易呪法とは違い、古来呪法は原因を解決しても解除できないという特徴がある」

「古来呪法には代償ってないんですか?」

「良い質問だ。保科さん……だったっけか?御子柴くんから紹介されたよ。君の言う通り、古来呪法には代償がない。それが特徴その二だ。では次に、簡易呪法の話をしよう」

 彼は新しいチョークを持って来て、また書き始めた。

「大昔、『咒学じゅがく』という学問があった。その名の通り、呪法を研究する学問。まあ、科学が信奉される現代では弾圧されるばかりだがね。咒学では主に古来呪法の研究を行う。そして古来呪法の仕組みを理解し応用し作られたのが、この簡易呪法だ。その即効性ゆえに代償を伴うことになってしまったが。それと、この二つには共通点がある。どちらも呪った側が死んだ時点で呪いは解除される。それがルールだ」

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