第9話

「にわかには信じがたい話ですね……」というか、信じたくないが正解だ。実の娘を呪うような親なんて。「そんな人達と今から会うんですか?」

「そうだ」

 彼の目からは覚悟を感じた。呪いには興味があるが、それがここまで酷い使われ方をするとなると、許せないのだろう。

「分かりました。私も一緒に行きましょう」

「ありがとう。助手」

 インターホンを押し、また以前のような応対を繰り返した。出たのは男だった。今日は父も一緒にいるようだ。心臓が更に重く響いている。

「すみません。また家に上げていただいて」

「いいんですよ。御子柴くん、受験勉強大変でしょう?少しでもこうして休憩を取らないと」

「そうだぞ。御子柴くんは優秀そうだから、休憩しても平気だろう!」

 百瀬夫妻は揃って笑っていた。なんとなくの事情を御子柴先輩から聞いた私は、苦笑いしかできなかった。

「それで、今日ここに来た理由なのですが――」うっ。ついに来た。「単刀直入に言います。百瀬さんを呪ったのはお二人ですね?」

 空気が凍った。一瞬で居間が静まり返る。私は思わず御子柴先輩の方を見た。相も変わらず落ち着いた表情だ。機械か何かなのだろうか、と逆に冷静に俯瞰ふかんしている自分がいた。

「なに馬鹿な事を言ってるんだ!」

 父の百瀬樹が怒鳴った。当然の反応だ。もしさっきの予想が外れていたら、私たちは呪いなどとほざく異常者だ。

「俺たちの娘があんな状態になっているのに、失礼だろうが!」

「有賀莞司という名前に心当たりは?」

 怒声が止まった。二人とも顔をこわばらせている。

「本当に、呪っちゃったんですか?実の娘なのに……?」

 思わず私も問いかけるが、返答はない。

「呪った理由は、恐らく百瀬さんの成績不振。成績通知書を渡しに来た時の反応で察しました。それと、百瀬藍子あいこさん。貴方は代償として気力を失った……間違いないですか?」

 二人は黙って御子柴先輩の顔を見ていた。その異様な空気と圧に、思わず泣きそうになる。

「……ああ、そうだよ」

 静寂と緊張を破ったのは、百瀬樹だった。

「確かに俺たちは千枝を呪った。だがそれが何だって言うんだ?」

「……は?自分が何言ってるか分かってます?」

 思わず反論してしまった。もうどうでもいい、なんとでもなれ。きっと御子柴先輩が助けてくれる。

「よく分かってる。あいつは呪われて同然なんだよ。せっかく金かけて塾にも入れてやったのに、あの成績。写真部では副部長。コンクールでは銅賞。どれをとっても中途半端だ。だよ」

 その瞬間、私の中で何かが切れた。頭で考えるより先に、私は席を立ち百瀬樹を怒りに任せ殴っていた。変な角度で殴ったせいで手首が痛むが、まるで気にならなかった。

「樹……!」

 倒れこむ彼に百瀬藍子が駆け寄る。文化部の女子のパンチだからそう大事にはならない筈だ。多分。

「……先輩っ!帰りましょう!」

「え、でもまだ――」

「いいから!」

 そうして私と御子柴先輩は百瀬家を離れた。

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