7月26日

第8話

「すみません、遅れました」

「お疲れ。今日も暑いね」

「ですねー」

 私はあれから足繫あししげくエリさんの住む廃墟を訪ねていた。すっかり打ち解けた私たちは、ほぼ毎日こうやって雑談ばかりしていた。ここ最近、御子柴先輩は家に籠もって呪いの研究をしたり有賀の所へ行っているからだ。私はすっかり退屈だった。

「私たちの共通点、あるでしょ?」

「有栖川有栖のミステリーを読んでることですね?」

「そう。実は私、有栖川有栖を御子柴におすすめされたの」

「え、私もです!」

「え、嘘!」

 まさかそんな所まで共通しているとは。『事実は小説より奇なり』とは、よく出来た言葉だ。

「こんな所まで共通してるとは思いませんでしたよ」

「案外もっとあったりしてね」

 彼女は私が持ってきたカロリーメイトをかじりながら笑った。彼女が笑うたび、体中のエリンジウムが日の光を受け奇麗に乱反射していた。こんな平和がずっと続くような呪いがあればいいのに。心の底からそう思った。

 不意にスマホが鳴った。画面を見ると、御子柴先輩からの電話だった。なんとなく嫌な予感がする。

「もしもし」

「保科。百瀬の家を覚えているかい?」

「ええ、まあ。覚えてます。なんとなく」

「今すぐ来て欲しい。事情は後で話すから」

 そう言い残して電話は切られた。

「御子柴?」

「はい。今すぐ来て欲しいって」

「御子柴には心咲みさきが必要なのかもね。行ってきなよ」

「……はい。すみません」

「いいのいいの。どうせまた会えるでしょ?」

「それも、そうですね。行ってきます」


    *


 ようやく着いた。この辺りは同じ家ばかりで分かりづらい。

「すまないね。急に呼び出して」

「いえいえ。それで、何があったんです?」

「手短に話すね」御子柴先輩は背後の百瀬先輩の家を見上げた。「百瀬の両親が共犯で百瀬を呪っていた疑いがある」

「ど、どういうことです?前話した時には百瀬先輩を気遣っていたじゃないですか。精神的負担を減らすためにって成績通知書も――」

 御子柴先輩はバッグ内のファイルからベージュ色の便箋びんせんを抜き、私の前に差し出した。上の方には『錨草いかりそうと恋慕の簡易呪法』と書かれている。その下には、恐らくその手順であろう文章が図と共に連なっていた。

「これは……?」

「廃診療所に、有賀さんという人がいただろう?彼は自分の知っている呪いの手順をいくつか便箋にまとめ、コレクションしているらしいんだ。そして彼はその呪いの方法が書かれた紙をコピーし、知人に渡していたのだという。……僕たちが有賀さんを訪ねた理由、覚えているかな?」

「依頼されてって話でしたよね」

「依頼主の名は?」

「……あ」

 当時の会話を思い出した。

――『今回の依頼主は百瀬という人からだ。なんでも"旧友が呪われてるから助けて欲しい"と』。

「そう。まさかと思い、今日有賀さんに尋ねてみたんだ。『百瀬という姓の人を知っているか』と」

「その答えが……」

「百瀬いつき――百瀬の父親だよ。樹は有賀から呪いの方法が書いてある紙を貰い、あろうことか娘を呪った疑いがある」

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