7月24日

第5話

「なんで私があの女のとこに……」

 私はそうぼやきながら裏路地を歩いていた。高校横の商店街にある狭い路地。昨日、私は先輩の後を追ってこの路地を通り、あのエリとかいう女がいる廃墟に辿り着いた。そして今日もまた、こうやってあの廃墟へ足を運んでいる。

『僕は有賀さんの家に行くから、エリへのおつかいを頼んでもいいかな?』

 そんなことを言われていつもの癖で反射的に承諾してしまった。私はいつもそうだ。御子柴先輩絡みだと何でも快諾している。

「あのー、起きてますか?」

 エリのいる廃墟の部屋に入り、声をかけた。花に囲まれる彼女は、一目見ただけでは寝ているのか起きているのか全く分からない。

 返事がない。どうやら寝ているようだ。

「ここに置いときますね」

 小さな声でそうささやき、足音をできるだけ立てないよう部屋を出ようとした。

「……ん。待って」

 部屋を出る直前、不意に背後から声をかけられた。起こしてしまったようだ。

「どうしました?」

「私と、話をしてほしいの。もうずっと女子と話してなくて。ほら、ここ座って」

 私はその言葉通りに彼女の横にある椅子に座った。花の香りが漂ってきて、少し眠たくなる。

「貴方さ、恋してるでしょ。御子柴に」

 唐突な質問だった。眠たい頭を思い切り殴られたような気分だ。顔が熱くなっていくのを感じる。

「あ、あっその……」

 実はストーキングまでしてます、なんて言えるわけない。ここは適当に流そう。

「単に、同じ部活でお世話になってるだけです」

「そう。せっかく仲間同士、仲良く話せると思ったんだけどな」

「え……」

 仲間。ということは、この人も御子柴先輩のことを。

「去年――8月過ぎくらいかな?まだ呪われてなかった頃、私は独りぼっちでね。やることと言えば勉強と花壇の花の世話くらいだったんだ。そんな時に御子柴と会ったの。彼、私と花壇の花を見て何て言ったと思う?」

「そうですね……『奇麗だね』とか」

「ほぼ正解。花を見て『奇麗だね。この花の名前は?』って聞かれた。それに答えたあと、『花は育てる人の内面が現れるらしい。これからも頑張ってね』って言い残して立ち去ったの。それがきっかけ」

 なるほど、遠回りでキザな褒め方だ。実に先輩らしい。

「でも最近になって気づいたんだ。私はあの花みたいに奇麗な内面を持ち合わせてない」

「人間が人間である以上、奇麗な内面なんて得られませんよ。皆が皆誠実で奇麗だったら、争いも呪いもありませんから。エリさんを呪った人も、内面は醜いに決まってます」

「……そうだよね。ありがとう。良かったら連絡先、交換してくれるかな?」

「いいですよ」

 それからも私はエリさんと色々なことを話した。学業のこと、自分たちのこと。趣味が読書、特に有栖川ありすがわ有栖ありすのミステリーが好きという点が一致していたことも分かった。

「私たち、もっと早く出会うべきだったかもね」

「……そうですね」

 御子柴先輩の言葉を思い出す。

――『花の数が徐々に増えているんだ』。

 もっと早く出会えたら、私は唯一無二の友人を得られていたかもしれない。恋敵こいがたきとして、あるいは良き相談相手として。

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