第4話

「見ての通りだ」

 彼は患者衣をたくし上げた。

「え、あ……」

 そこにあるべき足が、丸ごと無くなっていた。代わりに蔦が車椅子に乗っかっている。

「両足が蔦に置換されましたか。それと、その左目も」

 御子柴先輩は平然として、かつて足だった蔦を見つめている。

「そうだ」

 有賀は左目の眼帯を取った。だらりと緑色の蔦が垂れる。

「まあ呪いの研究者としては、むしろ呪いにかかって助かる点もあるがね」

 無残な姿であるにも関わらず、有賀は呑気に笑っていた。

「その呪いが現れたのは?」

「きちんと記憶している。今年の3月28日だ」

「呪われる原因に何か心当たりは?」

「何もないんだ。去年の秋からはずっとこもって呪いを研究してるだけだったしね」

「何も、ですか。失礼ですが、呪いの研究とは主にどんな?」

「代償を無くす研究だ」

「……出来るんですか?そんなことが」

 御子柴先輩の顔色が変わり、信じられないといったような表情を浮かべた。そもそも代償とは何だろう。初めて聞いた。

「先輩。代償って何ですか?」

「ああ、説明してなかったね。人は誰かを呪う代わりに何かを失うんだ。それは臓器であったり、欲という形のないものであったり、あるいは、そう。左目や下半身であったり」

 私は先輩が言いたいことを理解した。この男──有賀は呪われてる訳じゃない。研究過程で多くの人を呪ってしまった結果が、この姿なのだろう。

「あと少しで……あと少しで、分かりそうなんだ。その代償を無くす手段が……」

 私たちの会話は彼の耳に入っていないようだ。

「有賀さん」

「……あ、うん?」

「結論から言います。僕には何も出来ません」

「そうだろう。それは分かってたことだ。……そんな哀れな俺に、少しでいいから慈悲をくれないか?」

「と、言うと?」

 彼は車椅子を動かし、本棚の近くに立つ御子柴先輩の方へ寄った。

「君に、定期的に俺の部屋へ尋ねて欲しい。解呪師としての君の知恵を俺に貸してほしいんだ。俺はそう長くない。何となく分かるんだ。だから、せめて」

「……なるほど。いいですよ」

 御子柴先輩はあっさりと承諾した。

「本当か!?ああ、良かった!ありがとう。これで俺の研究は飛躍的に進歩する……!」

 彼は笑みをたたえ、何度も御子柴先輩と握手を交わした。

「では、僕たちはこの辺で」

「ああ。本当にありがとう。明日にでも来れるだろうか?いつでもこの部屋にいるからさ」

「分かりました。失礼します」

 御子柴先輩は一礼してから部屋を出ていった。私もそれに続いて一礼してから、御子柴先輩の後をついて行った。

 暗い廊下を歩きながら、御子柴先輩の背中に質問を投げた。

「大丈夫なんですか?あの人信頼して」

 呪いの実証実験とは、誰かを呪うこと。先輩もあの男に呪われてしまうのではないだろうか。

「大丈夫だろう。それに、僕の呪い研究の血が騒ぐんだ。あの部屋にいるだけでね」

 彼の表情は見えないが、恐らく笑っているのだろう。その屈託も曇りもない笑みを浮かべて、頭の中では次の呪いの研究の考案に没頭しているのだろう。ここに来る途中で枝で引っ掻いた傷さえ、まるで気にも留めていなかった。

「先輩。ほっぺのとこ、血出てますよ」

 私はハンカチで御子柴先輩の血を拭った。

「ん……ああ。すまないね」

 やった。先輩の血液、ゲット。

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