7月23日

第3話

 次の日、教室に御子柴先輩がやって来た。廊下からこちらに手招きをしている。

「どうしたんです?まだ四限が終わったところですよ」

「ああ、一緒に来て欲しくてね」

「呪い関係ですか?」

「察しがいい。さあ、行こう」

「あ、ちょっと!まだ授業あるんですけど」

「学業には面白みがない」

「嘘でしょ……」


    *


「ここだよ」

 目の前には町外れの廃診療所。つたが壁を覆い、割れた窓から中にも侵入している。昼だというのに、辺りはほぼ夜のような暗さだ。

「この中に呪いを受けた人が?」

「ああ。そう連絡があった」

「……呪いの解除を依頼されてるんですね?」

「よく分かったね。君は実に察しが良い」

 エリにあげていたあの食料の量。あれをほぼ毎日渡すなんて、高校生の財力とは到底思えなかった。

「呪いを解くことが僕の仕事であり、趣味でもある。今回の依頼主は百瀬ももせという人からだ。なんでも『旧友が呪われてるから助けて欲しい』と」

「こんな場所に人が住んでるとは思えませんがね」

「まあ、行こうか。助手」

 中は寒気がするほどに暗く、湿っていた。ボロボロのソファに蔦が這う壁。窓から入る僅かな日光が頼りだった。

「ストップ」

 御子柴先輩が立ち止まり、片手を私の前に広げた。

「な……何です?」

「静かに」

 口を閉ざすと、暗い廊下の奥からキュルキュルという金属音が聞こえた。

「車椅子だ」

 不意に死体を乗せた車椅子を押す幽霊看護師が思い浮かび、一歩後ろに退いた。不快な音は更に近づいてくる。

「……君らも肝試しか?」

 それは、車椅子に乗っている左目に眼帯をつけた30代くらいの男だった。暗闇の中にミント色の患者衣が浮かび上がっている。

「驚かせてすみません。有賀ありが莞司かんじさんで間違いないですか?」

「ああ、そうだ。君は?」

 有賀がいぶかしむような目で御子柴先輩と私を見る。

「御子柴こう解呪師かいじゅしです。依頼されたので、貴方の呪いを解きに来ました」

「へぇ、解呪師!そんな生業なりわいもあるのか」

 途端に有賀の表情が明るくなった。呪われているのに、まるで心を病んでいるようには見えない。

「呪いにご関心をお持ちで?」

「その通り。ここで立ち話もなんだし、俺の自室に来てくれ。そこで改めて話をしようか」

 有賀は車椅子を器用にUターンさせ、暗い廊下の奥へと進んでいった。御子柴先輩もすぐにそれについて行くのを見て、私も歩みを進めた。

 有賀の自室は診察室を改造した場所だった。中は廊下よりも暗く、手回し発電のランタンがなければ机や壁一面の本棚にさえ気づけないだろう。

「ようこそ。私の研究室へ」

「凄いですね……どの本も呪いに関するものばかりだ」

 御子柴先輩はおもちゃを眺める子どものように、目を輝かせながら本の背表紙をじっくり見ていた。

「『呪法大全』『呪いとは何か ~歴史から学ぶ呪い~』──」

 私も先輩を真似て背表紙に目を滑らす。どれも奇天烈なタイトルだ。

「素晴らしいだろう?呪いに関しては王立図書館にも負けない」

「どれも有賀さんが集めたんですね。凄いです」

 確かに凄い。凄い、胡散臭うさんくさい。

「……あ、主題から逸れましたね。有賀さん。貴方の呪いは何ですか?」

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