第2話

「ここに通っているのは、エリさんの呪いを解くためですか?」

「そう。ほぼ毎日。初めてなんだ、ここまで原因も分からない呪いは。負けず嫌いでね。何としてもこの呪いを解かなきゃって思うのさ」

「呪いを解くって、ただなんか祓うみたいなイメージだったのですが……」

「違う違う。呪いの解き方は、その原因の解消だ」

「なんだか探偵みたいですね」

「探偵と言うにはあまりにも稚拙だけどね」

 その時、不意にエリの寝息が止まった。ぱさぱさと、葉と花が擦れ合う音を出しながら、ゆっくりと頭を机から上げた。

「おや、おはよう。エリ」

「ん……おはよう、御子柴」

 呼び捨て。なんて馴れ馴れしい。二人が出会ったのは数か月前らしいが、私たちは去年の七夕からの仲だ。

「調子はどうだい?」

「悪くない、かな。ちょっとお腹空いてるけど」

「だろうね。ほら」

 彼は机の上に大きな袋を置いた。中には様々な栄養調整食品と天然水が詰め込まれている。軽く1週間分はありそうだ。

「いつもありがとう。お礼に花、あげようか?エリンジウム」

 彼女は目の上のエリンジウムの茎を指でつまんで上下に振った。

「ははっ、要らないよ」

「あっ、あの!」

 思わず少し大きい声を出してしまった。まあ、別にいいか。

「……御子柴。この子は?」

 エリンジウムがこちらを見た。睨んでいたようにも思える。

「ああ、この子は──」

「杉尾崎高校2年の保科です。御子柴先輩と同じ、写真部に入ってます」

 『同じ』という部分は少し強調して言ってみる。

「……と、いうわけだ」

「そう。よろしくね」

 彼女は思ったより普通の反応だった。少し恥ずかしくなって、視線を逸らす。「よ、よろしくお願いします」

「それじゃ、僕達はもう帰るよ」

「そう。今日はありがとう。保科さんも来てくれてありがとうね」

「あ……いえいえ」

 先輩をつけていたらこの廃墟に着いた、なんて言えるわけがない。


    *


「良い人だったろう?エリは」

 夕暮れの街道を2人で歩いていると、不意に御子柴先輩が口を開いた。

「ええ、まあ。あの人、何者なんですか?」

「僕もよく知らないんだ。彼女曰く、同じクラスメイトらしいのだが」

「……先輩っていつもそうですよね。他人に興味がなさ過ぎますよ」

「呪いの研究以外に興味はない」

「先輩らしいといえば先輩らしいですけど」

「……そうだ。良かったら、僕の呪い研究の助手になってくれないかな?何分、一人では効率が悪くてね」

 彼は立ち止まり、夕日を背にこちらを見た。

「え、その……いいんですか?私みたいな素人が」

「構わない」

「呪われるリスクは?」

「それは……」

 彼は目を逸らした。絶対ないとは言い切れないのだろう。

「いいですよ」

 でも、これで私は更に御子柴先輩に近づける。もう隠れて写真を撮ったり、先輩の声を録音してスマホに入れる必要もなくなるんだ。呪いなんて知るものか。

「そうか。助かるよ」

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