助手は天の川を渡れり

涌井悠久

7月22日

第1話

 天井のない白い廃墟の部屋で、私は呼吸も忘れ、夏の日差しを浴びるを凝視していた。

 机に突っ伏して眠る人。もっと描写するならば、その人は私と同じ杉尾崎すぎおさき高校の黒いセーラー服を着ており、大量の花に囲まれていた。

 花が載せられていたり添えられているのではなく、咲いている。彼女の頭から、目の上から、耳から、背中から。あらゆる場所から花が咲いていた。すぅすぅという寝息だけが、彼女が眠っていることを知らせる。その異常な容貌に反して、穏やかな眠りだった。

御子柴みこしば先輩をいつものように追っていたら、この部屋に辿り着いた。なぜ彼がこんな所に来ていたのか、私には見当もつかない。

「おや、君がこんな所に来るとは。今度のコンクールの主題はもう決めたのかい?」

 いつの間にか、部屋の入口には男が立っていた。

「ちょっと、御子柴先輩!これどういう事ですか?」

「静かに。が起きてしまう」

 御子柴先輩は口に人差し指を当てて、エリと呼ばれている女の側まで歩み寄った。

「この人は疲れているんだ。24時間花に養分を吸われていてね。眠って少しでも体力を温存しないといけないんだ」

 聞きたいことは山ほどあるが、まず最初に質問すべきことがある。

「あの、そもそもなんで人に花が咲いているんですか?」

「……ああ」彼は目を伏せた。「呪われてるんだよ」

 私は耳を疑った。今、御子柴先輩は『呪われてる』と言ったのだろうか。

「数ヶ月前からだ。突然体中から花が咲き始めて、普通の生活ができなくなった。だから僕がこうして時折世話をしに来るんだよ。ちなみに、彼女をエリと呼んでいるのは、彼女に咲く花の中でエリンジウムという花の割合が最も高いからだ」

 エリの方を見ると、金属光沢のようなものを持つ青く刺々しい花が多く見えた。

「死んでは、いないんですね」

「なんとかね。でも、そう長くは持たない」

「どうしてですか?」

「花の数が徐々に増えているんだ」

 彼は苦々しい表情でエリンジウムを見た。このままでは栄養の供給が、花の増殖と成長に追いつかないのだろう。

「もう一つ質問します。呪いって何ですか?」

「呪いは呪いさ。知っているだろう?神社の木に藁人形を釘で打ち込むとか、呪いたい相手の髪の毛を取っておまじないをするとか」

「そんなもの、効果があるんですか?」

「ある。だから僕は惹かれた」

「惹かれた……」

「そう」

 彼はあっけらかんとして、笑っていた。

「僕が呪いに好奇心を持ってから、もう5年になる。その原因、効果、解法。色々と調べてきた。何人かの呪いを解いた経験もある」

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