虹のふもとへ……。

甲斐央一

虹のふもとへ

 虹のふもとには、宝物が埋まっているよ。それは幸せになれる物だと昔、誰かがそう言っていたんだって?宝物?それは一体どんな物かなあ?オモチヤの山?お菓子のお家?いいや、沢山の金貨かも知れない?ひょっとすると虹のふもとには、願う本人の願望が詰まっているのかも知れない?幸せになれるんだって、いいなあ?行ってみたいなあ、虹のふもとへ……


 僕の名はラッキー。妹の名はサリー。僕達はお父さんとお母さんとお婆ちゃんの5人暮らしだ。正確に言えば、5匹と言った方がいいかも。実は僕達は、野ネズミの一家なんだ。


 ある日、お父さんは家を出た。家を出たと云っても、お母さんとケンカをした訳じゃないんだ。僕達の住んでいるこの辺りには、ハッキリ言ってエサとなる食料が少ない。だから、お父さんは食料と新しい住処を探しに家を出たんだ。


 でも、お父さんが家を出てもうすぐ一週間になる。お父さん子の妹は、お父さんに会えなくて毎日ダダをこねはじめた。僕だって、お父さんに会いたいし甘えたい。

でも、何処にお父さんは行ってしまったのか解らないから、捜しようがないんだ。


 ある日の事。その日は朝から雨が降っていた。いつもの様にダダをこねている妹に、何か気分転換になる事を僕は考えていた。雨音が止んだので家の外に出ると雨は止み、空の上には、ぽっかりと虹の架け橋が浮かんでいたんだ。


「サリー、空に虹が浮かんでいるよ。キレイだぞー早く来て見ろよ、早く、早く」

「ホント?お兄ちゃん?……」


 僕はその時、虹のふもとの話しを想いだしたんだ。虹のフモトに行けば何か良いことが有るかも知れない……きっと、いや絶対に有るはずだ。う~ん、多分……


「サリー、ちょっと虹のフモトまで探検してみようか?」

「うん、やったー……」


 こうして、僕達兄妹は虹のふもとへ向かって探検する事となった。背中のリュックにドングリの実を一個入れて、黙って家を出た。お母さんに言えば、絶対ダメだって言われるからだ。ちょっとした探検気分だったんだ。


 家を出て、空を仰いだ。改まって虹を見ると青空に映えてとても綺麗だ。妹も虹に見とれている。


「さあ、行こうか……」

「うん」


 僕達は虹のフモトに向かって、真っ直ぐ野原を走り始めた。虹のふもとは、小さな笹の林を越えて行かなければならない。ハッキリいってこの笹の林は苦手なんだ。前に一度こっそり来た事があるけど、暗くて寂しい感じがして嫌な場所なんだ。


 まあ、一気に走り抜ければ良いか?なんて、その時は単純に思っていたんだ。


 ハアハアと息を切らしながら走っていると、もう後10mぐらいで笹の林だ。

 すると急に背中に嫌な感じがした。空からにバサバサと風を切る音がする。走りながら後ろを振り向くと、空からトンビが僕等目がけて急降下をしてきたんだ。


 ピーヒョロロ~……


「や、ヤバい……ウワッ~……サリー急げ……」

「お、お兄ちゃんー怖いよ~……」


 サリーも状況が解っているのか、泣き顔のまま無言で走り続けている。僕等は後悔した。来なきゃよかった……


 あと少し、もう少し……笹の林に入れば、トンビは入って来られない。ガンバレ、サリー……後少しだ……


 笹の林の手前・数mといった所で、状況が一変したんだ。笹の林に飛び込もうとした時、僕達は地中に吸い込まれる様に僕等は落ちていったんだ。トンビの鋭い爪は僕等の背中の空気を切り取り、空振りに終わったみたいだ。僕等は落ちた穴の中にいた。何が起きたのか暫くは解らないでいたし、心臓がドキドキしてナカナカ鳴りやまなかったんだ。


「ふぅ~助かった~でも此処は何処だろ?」

「お兄ちゃん~怖かったよー……」


 僕達は抱き合い、そのままその穴の中に居ると、誰かが話し掛けてきたんだ。


「オヤオヤ、お客さんかな?ゆっくりしていって下さいな」

「うわっーだ、誰?……」

「私はモグラのモッキーですよ」


 黒いサングラスを掛け、愛想のいい笑みを浮かべて奥の穴からモソモソとモグラがやって来た。良かった、敵じゃない……


 僕等はそのモッキーと話をして、少し落ち着いた。トビに襲われてタマタマ落ちた穴が、モグラの巣穴だったという事だったんだ。


 ユックリしたかったけど、虹が消えるかも知れない事を想いだし、僕等はモグラの巣穴から出た。モグラのモッキーは残念な顔をしていたけれど、笑顔で見送ってくれたんだ。


 空を見上げると、未だ虹が鮮明に架かっている。良かった、まだ間に合うぞ。


「急ごうよ・お兄ちゃん~……」

「うん、行こう」


 モグラの巣穴から出て笹の林の中に入ると、そこはヒンヤリとして肌寒く薄暗い。背が高い笹は太陽の光を遮断しているから、お日様が届かないんだ。不安な気持ちのまま笹林に入り、虹のフモトの方向を間違わない様に、真っ直ぐ見つめて僕等は進んで行ったんだ。


 ズンズンと笹の林の奥まで向かって行った。後もう少しで笹の林を出る・と云った所で、またもや背後に嫌な感じが押し寄せてきたんだ。


「又だ……こ、この感じは……」


 気配はするが、僕は後ろを振り向く事が出来なかった。振り向くと二度と動けなくなってしまう恐怖感が有る。怖すぎるこの気配はもしかして……


「や、やばい、サリー……走れー……」

「ウエ~ン……」


 僕は後悔した。凍り付く様な恐ろしい気配に……虹のふもとに行こう・だなんていった事にもの凄く後悔した。だからただ、一生懸命走ったんだ……


 ガサガサとか、スルスルとか地面を這う様な不気味な嫌な音が笹の林に響いている。にげろ、にげろ、早くにげろー……


「「ウワッ~……」」


 途端に目が開けられないほど眩しい光に包まれた。笹林を抜けたからだ。笹林が薄暗かったので、そこから抜けると太陽の光が眩しく感じてしまう。目を閉じたまま、尚も走り続けた。未だ背後の嫌な感じが拭いきれない。


 それと同時にバサバサと風を切る音も聞こえてくる。ピ~ヒョロロとトンビの声がすぐ傍で聞こえる。


「ウワッ~……ア~……もうダメだ……」


 僕は観念した……もうダメだ。そう思った時、トンビは勢いよく空へ舞上がった。両足には何か細長い物をシッカリ捕まえている。やはり僕等の後ろにいたヤツは、蛇だった。トンビも、僕等野ネズミよりも蛇の方が良いみたいなのだろうか?標的を替えたみたいだ。


「「アッ~良かった~助かった~……」」


 溜息をついて、僕等は座り込んだ。かなり走ったので足腰が痛い。妹のサリーを見ると疲れたのか地面に這い蹲っている。途端に妹のお腹から【グウッ~】と云う音が聞こえてきたんだ。


「アハハッ……頑張って走ったから、お腹が減ったな。サリー、お弁当にしよう」

「うん、お腹減ったよ~お兄ちゃん……」


 こうして僕等はドングリを分け合って食べた。お腹は満たされ、空を見た。空には未だ虹が架かっていた。丁度この場所から見ると虹は足下に広がる谷の方へ向かって、虹の橋が架かっているように見えたんだ。


 僕は、笹の葉を織って笹船を作った。この笹船に乗ればアッと云う間に、谷底の虹の橋のふもとに滑り着くだろう。


「行くぞ、サリーこの船で一気に行くぞ」


 妹を笹船に乗せ、後ろから押しながらスピードが出ると、僕も飛び乗った。


「うわっ~ヤッホースゲッー早い」

「ウワー早すぎて怖いよー……」


 笹船は勢いよく野原を滑り降りている。サリーは怖くなって僕にしがみついて来た。その拍子に笹船はバランスを崩して、滑る方向がズレ始めた。


「アレレッ?……」


 更に笹船の滑る勢いは落ちないでいた。まるでジェットコースターの様な早さだ。

 


 やがて、笹船は大きな樹のフモトでゆっくりと止まった。笹船から出て空を見上げると、虹は消えかかろうとしている。更に周りを見ると、沢山ドングリが落ちていた。この樹はドングリの樹だ。この大きなドングリの樹に虹の橋のふもとが架かって見えたんだ。すると、その樹の穴から誰かが出てきた。


「んっ?ラッキーとサリーじゃないか?どうしたんだよ、一体?」


 突然の出来事にサリーは、走り出していた。


「うわっ、お父さんだー……ウワッ~ン」


 妹のサリーがお父さんと抱き合っているのを見ると、僕も嬉しくなる。僕もお父さんに抱きしめて貰おうと、側に駆け寄ったんだ。





「お父さんー……」


 そう叫ぶと、僕の身体は一度ピクンと痙攣して目が覚めた。辺りを見ると、車の後部座席に座っていた。隣には妹の紗理奈も疲れているのか、お母さんに寄りかかって眠っている。


「そうか、夢か?……ああ、良かった……」


 僕は自分の両手を見て落ち着いた。野ネズミで無く人間で有る事に喜んだ。そう言えば、今日は朝から【ネズミー・ランド】という遊園地に遊びに来たんだっけ。遊び疲れた時、雨が降り始めたのだった。その帰り道、車の中で眠ってしまったのか。


「どうした、ケンタ?」


 車を運転しているお父さんの顔が、ミラー越にみえる。お母さんも心配して僕を覗き込んで見てくれた。


「大丈夫だよ……今日はありがとうね」


 車の窓を見てみた。雨は止み、青空が出ていた。青空には虹がかかっていた。虹のふもとには本当に幸せがあったみたいだ。

               


                               







                  おわり






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