第500話 キングサイズ

 昨晩から続くゾンビ騒動のニュースから一転、司会者の慌てふためく声と共に画面が切り替わった。


「なにが起きたんじゃ!?」


「な、なんてことだ……!」


 中継先のカメラは、中世の神殿のような石造りの建物を映していた。さらに、あたりはまるで戦闘機に爆撃されたかのように瓦礫が散乱していた。


『こちらはウールップの首都セリスパークです! あちらに見える謎の建造物が突如として出現し、元々あそこにあったはずのが跡形もなく吹き飛んだとのことです!』


 大国ウールップの首都セリスパーク。近代的な建物が立ち並ぶ中に、石造りの神殿という異様な光景を見た瞬間、ネル・フィードの頭の中に、昨晩読んだ小説のワンシーンが蘇った。


「ペッケさん、あれはダンジョンの入り口かもしれません!」


「ダンジョンじゃと?」


 ネル・フィードはスマホを手に取り、カクヨムの中からそれらしい作品を選び、ペッケに見せた。


「これらの小説内ではダンジョンを攻略したり、配信や運営、商売をしたりと様々ですが、あのダンジョンには間違いなくパウルの配下、セレンが待ち受けているはず……」


「ネル君よ、ワシはこの『誘惑の美女モンスターダンジョン♡快楽に打ち勝って禁断のエロ秘宝を手に入れろ!』が気になって仕方がないんじゃがの」


「あ、後でじっくり読んであげて下さい。作者のもんぶらん♡さんも喜ぶと思いますので……」


 そこへ、ばっちりメイクのアイリッサとエロリーナがスマホ片手に2階から降りてきた。


「おはよう。ネルさん、おじいちゃん。私たちもニュース見たよ」


『SNSもリアルダンジョンきたーって、大騒ぎになってる。バカな奴が配信しに行くとか言ってるよ』


「なんだって? ただでさえ、瓦礫の下敷きになって死者も出ているというのに……本気なのか?」


「今どきの若者はそのへんバグってるからのう。バズる為なら身の危険もいとわない。とんだお騒がせ者じゃ」


『おじいたまの言う通り。世の中『いいね中毒』の奴らで溢れかえっているんだよ。


「うっ……!」


 エロリーナの何気ない一言に、ネル・フィードは心が抉られる感覚に陥った。どこかで誰かに言われたことがある。大事ななにかを忘れているような妙な感覚。そんなネル・フィードにアイリッサが気づいた。


「ネルさん、どうしたんですか? リーナのに反応してません?」


「いや……以前、誰かに言われたことがあるような、ないような……」


「えー!? ネルさんに面と向かってダサいとか言う人いたんですか!?」


「なんとなく……私を変えてくれた恩人? みたいな人がいたのかもしれません。思い出せませんけど」


 それを聞いたエロリーナは、なぜか慌てて話題を逸らしにかかった。


『お、お姉たま! お腹空いちゃったなぁ。なにか食べてから行かないと戦えないよぉ〜』


「た、確かにそうね。ネルさんはなにか食べたいものあります?」


「朝食はできればソーセージとパンがあると落ち着きますが」


「さすがネルさん、ぶれませんね。大丈夫、どっちもありますから。スクランブルエッグも付けてあげます♡」


「ありがとうございます」


「リーナは?」


『私もゼロさんと同じで♡』

(マギラバがのことを思い出すのはなんとか阻止したい……!)


 惑星ツァイドでマギラバとベリリアになにが起きたのかをミロッカは知っている。変態ストーカーにとって、本当の敵はベリリアひとりと言っても過言ではないのかもしれない。





「はい、どうぞー」


 ジュウウウウッ!


 テーブルの上にアイリッサの作った出来立てホヤホヤの朝食が並べられた。


「いただきます」


『いただきメス♡』


「いただきますじゃ」


 4人は朝食を食べ始めた。しばらくして、アイリッサはネル・フィードのソーセージを味わう表情を見て驚いた。


「ネ、ネルさん、どうしたんですか? そのソーセージそんなにおいしい? ちなみに期間限定のシャウエッセン夜味なんですけど」


「すごくおいしいです。でも、なんで涙が出るんだろ? おかしいなー」


 ネル・フィードは涙を流しながらソーセージを食べていた。今の彼に、その理由はもちろん分からなかった。


 皆が朝食を食べ終えようとしたところで、中継先のアナウンサーが突然、大声で叫んだ。


『あっ! ちょっと! 危険です! 入っちゃダメですよ! ちょっと!』


 派手なプリントの黒いTシャツにダメージジーンズを履いた髪をピンクに染めた女が、恐れることなくダンジョンの中へ入って行ったのだ。


『さっそく出たやん。承認欲求に取り憑かれたおバカさん第一号が』


「ふたりとも、急いでセリスパークへ向かいましょう。アイリッサさん、石化の影響はもうなさそうですか?」


 ブウウウウ……ン!


 ネル・フィードの問いに、アイリッサは元気ボールを出して答えた。


「この通り。問題ありません!」


「よかった。できれば元気ボールを使わせない展開にしたいですけどね」


「本当にそうですよ。ネルさんの圧勝を期待してますからねっ♡」


「はい。任せて下さい!」

(なんか今のアイリッサの言い方かわいかったな♡ 今日は機嫌がよさそうだ)


『お姉たまの身の安全は私が保証するから♡ これで完璧ね!』


「ありがとう、リーナ」


 目指すは大国ウールップのセリスパークダンジョン。物語は核心へと突き進んでいく。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
































 時は少しだけ遡る。時刻はダンジョン出現の1時間前。午前6時。


 とあるマンションの一室。キングサイズのベッドの上で、頭頂部を見事にハゲ散らかしたクソデブ男がパンツ一丁で食事を楽しんでいた。


 クチヤ、クチャ!


 ゴクゴク……


 ゴクゴクッ!


「ぷっはぁ! げえっぷ!」


















 クチャ、クチャ、クチャ


 ゴクンッ!


「やはり朝一番のファミチキ良質なタンパク質コーラ神の糖分は、アデノシンの代謝が不完全なダルい体をばっちり目覚めさせてくれる」
















 ゴクゴク、ゴクゴク!


「っぷはあ。昨日はザコメルデスのせいで危うく大事なライブ配信聖なる魂の集いに遅れるところだったが、なんとか間に合ってよかった」

















 もぐもぐ、クチャクチャ


 ゴクンッ


「昨夜は大事な課金バトルのイベントだったからな。俺の圧倒的財力黄金の権能で無事に推しをランキング1位にできた。素晴らしい夜だった。『セレンきゅん、ありがとー♡』を頂けた。最高にしびれた……♡」












 ゴグゴグゴクゴクッ!


 シュワアーッ


「ぷふう。にしてもエミリーが消されるとは想定外だった。俺はファミチキとコーラが欠かせない。昨夜は急遽、仕方なく永遠のレディードールのひとりに頼んだが、この姿をあまり見せたくはなかったな。まあ、今ごろレディードールは全員消えてるはず。特に問題はない」













 ゴクゴクゴクゴクッ!!


「ぶはあ。げぇーぷっ! それよりも、今日は勇気を出して……もう一度、俺の気持ちを伝えるんだ! ふ、震える! うおおお!」


 このハゲデブの巨漢男。実は超イケメンのセレン・ガブリエルの正体なのだ。それにしても、ネル・フィードとの戦いよりもなにか大事なことがありそうなセレンの言動。ダンジョンで一体なにが起きようとしているのか?

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残酷のネル・フィード えくれあ♡ @331639

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