第5話 引かれ合うまでの距離
「道筋は出来た、ようやく計画を立てられる。それにしても超大統一理論の一つを操るなんて、これは心が躍るな!」
『タノシソウデスネ』
そう言う彼女も楽しそうに触覚を動かしている。つい昔を思い出してしまう様だ。
トラブル対応に明け暮れては、解決の手掛かりを見つけると、こうやって二人で大喜びしていたか。
「久しぶりにワクワクしているよ。光子、ウィークボソン、グルーオン、そしてグラビトン。素粒子間に働く四つの力、お互いを引き合う力だ。こんなことなら、電磁気学を真剣に学んでおくべきだったな……まずは、どこから手を付けるか……」
『ワタシタチガ、シッテイルリロン。ソレトオナジカ、ワカリマセンヨ?』
「確かにそうだ。だが、何事も実践あるのみだとマネージャーも言っていただろ? 行わないのだから、知らないのも同じだ、何事も知行合一でなければいけないとね」
『マッタク、コンナトキハ、ジョウゼツナンデスカラ』
彼女は首を縮めると、呆れた様に左右に振っていた。
だが私達に残された時間は限られている、期日は騎士団がオリビアを迎えに来る。それまでに、私は三つのタスクを完了させる必要があるだろう。
一つ目はこの不思議な力の解明だ。行使する条件、磁荷の大きさ、そもそもN極とS極がどの方向で発生するのかも分かっていない。まさかモノポールの様な単一の磁荷なら、それならそれで面白そうだが。
調べるべき項目は多々ある。まずは優先順位をつけて試していこう。
二つ目は戦う手法の確立だ。騎士団なら拳で殴り合うのか、腰の剣で戦うのか、魔法すら使うのかもしれないが。力試しのため、具体的に戦う手法を考えなくてはならない。
よほど強力な磁束密度を発生させない限り、人体に何かしらの影響を及ぼす事は出来ないはずだ。
ならば、やはり磁性体だ、鉄を集めよう。磁鉄鉱があればベストだが、この近くに火山がないのは残念でならない。
二つの磁荷の間に働く力、距離の二乗に反比例するそれを、私は有効活用しなければならない。そうでなければ、本職の騎士に立ち向かう事など無理な話だろう。
三つ目は相手の力の想定だ。この話の前提は隊長風の男と力試しをすること、そして私の何かしらの力を認めさせなくてはならない。つまり、彼と戦って勝たなくてはならないだろう。
敵を知り己を知れば百戦殆からずと言うが、出来る限り彼の情報を集めよう。マリスくんか、村長なら知っているだろうか。あの男はマリスくんの家に泊まっていたからな。
それに魔法だ、やはり何通りかシミュレーションも必要に思われる。
想定外など存在させてはいけない、全てを想定内にする。アンダーコントロールだ、どんな苦境も、どんなトラブルも、落ち着いて対処すれば問題ない。
「こう考えると、今の私はとても自由だな」
『ソウデショウカ? イゼンノ、アナタモ、ワリトジユウニ、イキテイマシタヨ』
「そうかな? 私にはあれしか出来なかった、それだけだった。十分だと思っていたよ。それが今では……本当は幼馴染みと離れたくなくて、騎士と戦おうなんて考えてる。まったく度しがたいかもしれない」
『ソレハ。キット、カノジョガ、アナタヲカエタンデス』
「そうかもしれないな」
『ワタシガ、アナタトアッテ、ワタシニナッタヨウニ。ヒトハ、ヒトトノカンケイノナカデ、ジコヲカクリツ、スルンデス』
「心の理論か、他者への心の帰属と理解、君らしいね。誰かと関わることで、自分の欲求や意図を知ることが出来き、そして自分の意思が見えてくる。そんな話だったかな……」
『ヒトノココロハ、モウスコシ、フクザツデスガ』
相変わらず彼女は優秀だ。見た目はカタツムリだが、彼女は私の知っている彼女だ、本当に心強い。
そんな話をしながら、私達は村に向かって歩いて行った。流石に帰りが遅くなりすぎた、オリビア達も心配しているだろう。
『ソウイエバ、ジリョクヲアヤツル、ニンゲンノハナシ。マンガニ、アリマシタヨネ?』
「私だってアメリカン・コミックスくらい読んだことがある。こう手から爪が出てくる人だったり、目からレーザービームを打つ人が出てくるやるだろう?」
『ソウデス、ソウデス。タシカ、ヘルメットヲカブッタ』
「あぁ、名前は確かマグニ……」
「ナット! ここに居たんだ、良かった」
声のした方を見ると、オリビアが心配そうな顔をして、こちらに向かって歩いて来る。
彼女は私達を探していたのか。外に出かけるのをためらっていたはずだが、これは無理をさせてしまったのだろう。
「すみません、オリビア。帰りが遅くなりました」
「うん、心配したんだよ。もしかして、帰ってこないんじゃないかって……」
「必ず戻りますよ」
オリビアは私の目の前まで来ると、少し離れた所で立ち止まった。以前は僕の手を取って一緒に歩いてくれたが、今ではこれが僕達の適切な距離だった。
そもそも、どうして僕は彼女と親しくなったのか。思い返せば、皆で隠れん坊をしていて彼女が迷子になった時だ。
暗くなっても見つからないオリビア、他の子供達は怖くなって村に帰ってしまい。最後に僕が大きな木の下で泣いている彼女を見つけて、手を繋いで村まで一緒に帰った。
そんな些細なきっかけで、僕達はたくさん話をする様になり。そして、いつも一緒に遊ぶ様になったのだ。
そう考えると、今の二人の距離感は悲しいものがある。
『オリビアサンハ、カワイラシイ、カタデスヨネ』
もちろん僕もそう思う。背丈は僕と同じくらいだが、目鼻立ちはしっかりしていて、その顔立ちは同年代の子より少し大人びている。
けれども、僕は彼女のはにかんだ優しい表情が好きだった。綺麗な金色の髪をサラサラとなびかせて、一緒に踊る度に、僕は彼女に目を奪われていた。それが今では、彼女はずっと不安げな表情を浮かべている。
どうやら私は、もう一つタスクを増やさなければならない。
四つ目はオリビアに笑顔を取り戻すこと。彼女と一緒に騎士団に入るだけではダメだ、それ以前に彼女の不安を取り除かなくてはならない。これは、どの様にアプローチすれば良いだろうか。
「迎えに来てくれてありがとうございます。オリビア、もう外も暗いので一緒に手を繋いで帰りませんか?」
そう言って、僕は彼女の手を取った。するとパンと大きな音がして、僕の手は勢いよく弾かれてしまった。危うく肩の関節が外れそうになる。
かなり痛い、おまけに手の平がじんじんと痺れている。とても小さな女の子の力ではないだろう。まぁ、私ならば多少は痛みに耐性はあるが。
しかし、彼女の表情は崩れ、途端に鳴きそうな顔になってしまう。これは逆効果だった。
彼女の精霊が背中から飛び出して、心配そうな顔をしながらクルクルと辺りを飛んでいた。
「ごめん……ナット、違うの。ダメなの……上手く身体が動かせなくて」
「大丈夫ですよ、きっと慣れも必要です」
「無理だよ! もっ、もう手も繋げない……」
わなわなと肩を揺らし、唇を震わせて彼女は答える。そして、涙が頬をつたって地面に落ちていった。
『キョクドノ、キンチョウジョウタイダト、オモワレマス。ノルアドレナリン、ドーパミン、カジョウブンピツノ、カノウセイアリ』
極度のストレス状態か、ある意味では戦うために最適な状態なのかもしれないが。いくら何でも小さい子には酷だろう。
どうして騎士団は、こんな状態の彼女を置いていったのだ、すぐ連れて行かないのは何故だ。これは必ず問い質す必要があるな。
しかし、どうしたらいい。オリビアを安心させる方法は何かないのだろうか。
『ダキシメテアゲタラ、イカガデショウカ? セロトニン、オキトシンノ、ブンピツヲウナガシテハ』
なるほど、一歩間違えると骨が折れそうだが、適切な助言だ。
「オリビア、目を閉じて深呼吸をして。ゆっくり鼻から息を吸って、もっとゆっくり息を吐くんだ」
「ナッ、ナット?」
「大丈夫、私を信じて欲しい。腕の力を抜いて、地面に引っ張られるみたいに、ゆっくり下ろすんだ」
そう伝えると、彼女は素直に目を閉じて深呼吸を始める、その表情は不安げだ。私は意を決して、優しく彼女を抱きしめる。
彼女の右手が僅かに動き、私の脇腹を抉ったが、その程度は問題なかった。
しばらく時間が経ち、彼女の身体から力は抜けていた。私はゆっくり彼女から離れ、そして目が合った。
ありがとう、彼女はうつむきながら、小さな声でそう言っていた。
その日の夜はとても冷えたが、私達は温かかった。何度か私の肋骨は軋んだが、それも大した問題ではなかったくらいに。
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